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交通事故で誰も死なない社会に池田直渡「週刊モータージャーナル」(2/3 ページ)

» 2018年10月15日 06時30分 公開
[池田直渡ITmedia]

誰も死なない社会のために

 以上は、取材に基づいたフィクションである。事故以降のすべてが理想的に回ればこれが可能になる。

 1970年に1万6765人と過去最高を記録した交通事故死者数は、2017年には3694人と激減した。要因はさまざまあるが、自動車の安全技術と医療技術の進歩によるところは大きい。しかし、減ったからめでたしめでたしとは言えない。本当は死亡者ゼロこそが理想なのだ。各自動車メーカーはそのためにさまざまな技術を開発してきた。それは上述のストーリーの中でクルマに搭載された数多くの安全システムを思い起こしてもらえば分かるだろう。

わが国での最初の事例となった実際の事故 わが国での最初の事例となった実際の事故

 例に挙げたクラウンは最も進んだシステムを持つ1台だ。しかしそれはクラウンだけに限った話ではない。同様のシステムはトヨタで7車種、レクサスで11車種、ホンダで11車種に導入されている。現在全車種への搭載に向けて、各社は急ピッチで拡充を進めている。数年後には多くの車両にこの「D-Call Net」が導入されるだろう。またHELPNET以外にもボッシュサービスソリューションズとプレミア・エイドの2社のサービスプロバイダが設立されている。

 どの社のシステムでも共通だが、このシステムのポイントは、現場に医師が急行してその場で救命措置を最速で開始できるところにある。通常の救急車では怪我人を病院に搬送するまでできる処置が限られてしまう。消防署には救急救命士はいても医師は常駐していないのだ。そして、初動の早さによって救える命は増える。予測としては20〜30%増えるであろうとされている。

 今回の話をフィクション仕立てで書いたのには理由がある。実は条件分岐が細かく、それを時系列に組み込んでいったら、とてもではないが話が分からない。だから最も理想的なケースを一本道で書かないと伝わらないと思ったのだ。

 いくつか挙げてみよう。出動手段はドクターヘリだけではなく、ドクターカーもある。状況によってこれらは使い分けられる。

各指定病院に設けられたヘリ基地には専用モニターが設置され、気象条件と事故データが表示される 各指定病院に設けられたヘリ基地には専用モニターが設置され、気象条件と事故データが表示される

 ヘリは最短距離を直線的に時速200キロで飛べるため、速さでメリットがある。もちろん着陸場所が遠ければ、そのメリットは薄まるが、例えば搬送先の病院が何かの都合で急に変更になると、クルマはどうしても時間がかかってしまう。そこはヘリが有利だ。

 一方でヘリは有視界飛行のため日没後は飛べない。さらに機内スペースが極めて狭く、一度飛んでしまったらもうほとんど処置はできない。だから一概にヘリが良いとは言えないが、それでもヘリではないと間に合わないケースがあるのは間違いない。

 「D-Call Net」は上に挙げた自動通報以外に、車両やナビに設けられた手動ボタンで作動させることもできる。例えば、運転者に怪我がない対歩行者や対自転車の重篤事故のようなケースでは、ドライバーが操作して連絡できる意味は大きい。

ヘリ基地に表示される事故データモニター画面(個人情報部分は消去してある) ヘリ基地に表示される事故データモニター画面(個人情報部分は消去してある)

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