2014年、あるAI(人工知能)ベンチャー企業が、「人間の目を超える精度」の顔認証AI技術を開発した。その企業は、香港に拠点を持つ商湯科技(SenseTime、センスタイム)だ。日本では10代に人気の自撮りアプリ「SNOW」の顔認証技術を手掛けていることや、ホンダと自動運転用のAI技術を共同開発していることで知られている。 企業価値1100億円を超える未上場企業「ユニコーン」の1つで、次の阿里巴巴(Alibaba、アリババ)や騰訊(Tencent、テンセント)の発掘を狙う投資家から熱視線を浴びているのだ。
センスタイムは顔認証技術だけでなく、あらゆる産業に応用可能なAIの基盤を作っていて、自らを「AIのプラットフォーマー」と呼ぶほど幅広い顧客を持つ。雲南省の公安庁など、公安当局が運用する監視システムにも使われている。中国では大都市の主要な交差点にカメラを設置し、市民の行動を監視しているのは周知の通りだ。同社が開発する監視システムは、中国社会を支えるインフラとして機能している。また、その過程で進化させた技術は、自動運転用のカメラなど「視覚」を開発する上でも不可欠だ。
今回、香港本社でビジネス全体を統括している尚海龍(シャン ハイロン)マネジング・ディレクターがインタビューに応じた。同氏には、資金調達の状況や現在の事業内容を聞き、ディープラーニング(深層学習)やAI技術で日本をしのぐ「次代のITジャイアント」の実像に迫った。
――日本のビジネス誌に「第2のアリババ、テンセントを発掘する世界中の投資家から熱い視線を受けている」と書かれていましたが、現在どの程度の資金を調達しているのでしょうか?
これまでに合計16億ドル以上の資金を調達しました。企業価値は45億ドル(約5000億円)と評価されています。当社は日本でいう「大学発ベンチャー」です。最初は、コンピュータサイエンス分野におけるアジアのトップ校、香港中文大学の湯曉鴎教授が発表した、ディープラーニングを活用した画像認識の学術論文が話題となりました。顔認証において、コンピュータの精度が人間の能力を上回ったという研究結果は世界的なニュースだったのです。そのニュースを知った中国の投資家やベンチャーキャピタルは香港に飛んできました。湯教授が当社の説明をしたところ、その場で資金提供が決まったそうです。
――どんな企業に、どのようなサービスを提供しているのでしょうか?
スマートフォンメーカーの欧珀(OPPO、オッポ)やインターネット企業の微博(Weibo、ウェイボー)、世界最大の携帯電話事業者である中国移動(China Mobile、チャイナモバイル)、中国最大の家電量販店の蘇寧(Suning、スニン)など多岐にわたっており、400社以上の顧客を抱えています。
例えば、蘇寧に対しては会員管理や支払認証、AIを駆使しての顧客分析などを通し、業務効率化を支援しているのです。また海航集団には、顔認証技術を提供することで顧客の本人確認を容易にし、営業コストの低減を図っています。
――センスタイムは香港だけでなく京都や深センにも拠点を構えています。どういった役割を果たしているのでしょうか?
日本法人には京都本社と東京オフィスがありますが、特に京都は、最も大切な研究開発(R&D)センターで、京都大学に留学経験もある勞世пiロウ セイコウ)が社長として働いています。
香港本社は全体の経営のみならず、香港中文大学と連携した先行技術の開発や、提供しているサービスのアルゴリズムの開発などを行っています。当社は顔認証技術を備えた「SenseFace」など10以上のサービスを提供していますが、アルゴリズムの開発は非常に重要です。
深センでは、製品開発などをしています。最近、中国の成都と杭州にもオフィスを構えました。成都はスマートデバイスを開発する企業が多く、世界展開のための拠点として適していると考えています。杭州に本社があるアリババと当社が提携したこともあり、杭州オフィスはEコマースの拠点とすることにしました。
――自動運転のAI技術に関して、ホンダと提携しています。具体的にはどのような内容なのでしょうか?
17年12月に、5年間に渡る共同研究開発に関して提携をしました。センスタイムが持つ「移動体認識技術」と、ホンダの技術である「リスク予測」や「シーン理解」といったAIアルゴリズムを融合させることで、複雑な状況の中でも自動運転を可能にすることを目指しています。契約期間中に、まずはレベル4(高速道路など特定の場所に限って、運転に関わる全ての操作を行う。緊急時の対応もシステムが担う)まで達成したいと考えています。
自動運転ばかりに話題が集中していますが、AIを駆使した顔認証にはさまざまなメリットがあります。例えば、何かを申請する際に必要な身分証明書が不要になったり、現金自動預け払い機(ATM)でも暗証番号がいらなくなったりするのです。また、オフィスの入り口に顔認証技術を採用すれば、セキュリティーの向上にも役立ちます。便利な世の中になるのは間違いないのです。
――センスタイムの顔認証AI技術は、「100台以上のクルマの動きをリアルタイムで把握できる」といわれていますが、現在のカメラの性能はどこまで発展したのでしょうか? またカメラの性能を上げることで何を目指しているのでしょうか?
カメラの性能は、明るさなどの外部要因にも影響を受けますが、男女の識別だけなら、500メートル先でも認識できるのです。ただ、詳細な情報が必要になるのであれば、その分だけ認識可能な距離は短くなっていきます。
従ってカメラに求められる性能も、顧客の需要によって変わるといった方がいいでしょう。詳細な情報を必要としない顧客にとっては、現在の性能で十分だといえます。だから必ずしもカメラ自体の性能を上げなければならないというわけではないのです。
当社はメーカーと共同でカメラの開発をしていますが、製造はしていません。カメラのハード面ではなくソフトの部分を担っているのです。
カメラの性能も重要ですが、もっと大事なのがソフト面であり、アルゴリズムの開発だと考えています。だから当社はアルゴリズムの改善に注力しているのです。
――自動運転技術を進化させる上で、他国や他社の取り組みで注目している動きはありますか? また、日本をライバルだと思っていますか?
特にライバルと考えている国や企業はありません。自分たちの技術を常に向上させ、現在のポジションを保持することが大切だと思っています。
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