人口8万人ほどの愛知県蒲郡(がまごおり)市にある竹島水族館は、お金なし、知名度なし、人気生物なしという、いわゆる弱小水族館だ。だが、条件面だけ見れば「ショボい」としか言いようのないこの水族館は、わずか8年前は12万人だった来場者数を40万人まで「V字回復」させた。その理由はどこにあるのか。個性集団とも言える飼育員たちの「チームワーク」と「仕事観」に迫り、組織活性化のヒントを探る――。
「荒木さんを採用した理由は何ですか?」
「かわいいからです」
ここは愛知県蒲郡市にある竹島水族館。わずか8年前は閉館寸前だったこの小さな水族館を立て直し、年間入場者数を3倍以上にした立役者の小林龍二館長(37歳)と、筆者は語り合っている(小林さんによるV字回復ストーリーはこちらから)。
傍らで笑うのは契約社員の荒木美里さん(22歳)。屈託のない笑顔だ。真顔で冗談を言う小林さんを理解して、安心して働いている心情が伝わってくる。信頼関係さえあれば、セクハラやパワハラといった殺伐とした言葉は不要なのだ。
「アラキは元気でよく笑うし、人当たりも良くて努力家です。『魚が大好きなので飼育以外のことはしたくありません』という人ではありません。お客さんのためにいろんなことをするうちに合っていると思いました」
やはり真顔で、今度はちゃんとした採用理由を教えてくれる小林さん。今では全国の若者が就職を目指す狭き門となった竹島水族館は、まずは実習生やアルバイトとして職場体験をして、契約社員を経て、正社員に採用される。荒木さんの場合は、専門学校の1年生の夏から事務のアルバイトとして竹島水族館で働き始めた。何かきっかけがあったのだろうか。
「地元は刈谷(愛知県刈谷市)です。ダイビングがやりたくて蒲郡の三谷水産高校に入りました。竹島水族館は小学校のころから知っていましたが、通い始めたのは高校に入ってからです。お客さんとの距離が近くて、アットホームな雰囲気がいいなと思いました」
筆者が学生だった90年代後半は「好きを仕事にする」「キャリアデザイン」といった言葉が多く聞かれた。今から振り返ると、ひたすらに自分本位の考え方だったと思う。自分が好きなことをやって、自分のキャリアを積み重ねる。そこには客や職場の仲間といった他者への気持ちが抜け落ちていた。
何をするかよりも、誰のためにどんな環境で働くのかが大事だと気づいたのはいつのころだろうか。仕事というのは他の人たちと協力して、目の前にいる客に喜んでもらい、ささやかでも社会に貢献するためにあるのだ。だから客との距離が近いアットホームな雰囲気を気に入って竹島水族館への就職を志した荒木さんの感覚は正しいと思う。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
Special
PR注目記事ランキング