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「分かり合えないのは当たり前」――組織に必要な“対話”の在り方は?経営学者・宇田川元一さんに聞く(3/4 ページ)

» 2018年12月20日 12時25分 公開
[西山武志WORK MILL]
WORK MILL

今が辛ければ、違う物語に目を向けてみよう

WORK MILL: 先生は組織づくりにおける“対話”の重要性を強調されていますが、そこで用いている「ナラティヴ・アプローチ」とは、どのような研究なのでしょうか。

宇田川: 私が実践しているナラティヴ・アプローチとは、社会構成主義の思想の実践とそれに関する研究です。社会構成主義とは言語が現実(我々が当たり前だと思うある種の常識的な考え)を生成していると考えます。そのため、「客観的な真理は存在しない」という認識論に立っています。言語が変われば現実は違って捉えられるからです。それゆえに、言語を改めていく実践である「対話」が社会を変える力があると考えています。「現実とは対話を通じて生成し得る」という考え方です。

 その中で、ナラティヴ・アプローチが主眼に置くことは「対象者が気付かないうちに支配されている常識的な物語≒ドミナント・ストーリーから、対話を通じて新たな物語≒オルタナティヴ・ストーリーを生成していくことで、その人がよりよい人生を歩む手助けをしていくこと」なんです。

WORK MILL: ドミナント・ストーリーを、オルタナティヴ・ストーリーに?

宇田川: ちょっと分かりにくい言葉が続いたと思うので、具体的な例を出して説明しますね。

 例えば、親に虐待を受けた経験があって、人間不信になっている人がいるとします。何とか人を信じたいのだけど、なかなかできなくて悩んでいる。この時、彼の中では「愛してくれるはずの親に虐待を受けたから、私はもう他人なんて信じることはできない」というストーリーが出来上がっていて、それがガチっとハマっているわけです。これが、その人にとっての支配的な物語――ドミナント・ストーリーです。

 けれども彼にとって、重要なのは「虐待を受けた」という物語だけなのでしょうか。思い返せば、周りで優しくしてくれた人、困った時に助けてくれた人がいたかもしれません。辛かった物語に支配されていると、楽しかったこと、幸せなエピソードなどは、記憶の奥底に押しやられてしまうものです。何か今起きている問題には特定できる何らかの原因が存在し、それが現在の問題をもたらしている、という考え方それ自体も、ひとつの常識に支配された物事の理解の仕方です。

WORK MILL: なるほど。

宇田川: 「虐待を受けた」というドミナント・ストーリーによって、「人間すべてが信じられない」と思い込んではいないか……もしそれが問題だと感じるならば、経験を掘り起こして、それに取って代わるような別の物語――オルタナティヴ・ストーリーを見い出していこう。

 こういった思考の転換を“対話”によって促していくのが、ナラティヴ・アプローチのやることです。臨床心理の現場では「ナラティヴ・セラピー」と呼ばれています。

WORK MILL: “対話”には、そんな大きな力があるのですね。

宇田川: ただ、これは「今、皆が違う物語を見つけなければいけない」という話ではありません。現状が良ければ、それでよし。何か困りごとがある状態からスタートするのが、ナラティヴ・アプローチの前提です。

 なぜならば、多くの場合、問題とは、専門家のドミナント・ストーリーによって、外部から診断的に言語によって作り出されるからです。ナラティヴ・アプローチでは、対話を基礎としていますが、対話の反対語は診断であると言えます。診断自体も我々の経験を解釈するための一つの枠組みに過ぎないのだと言えるのです。

 少し大げさな表現をすれば、「私たちは自分が生きている物語(つまり言語)を変えることで、違う人間に変わっていける」とも言えます。そういう力を、私たちは言語というデバイスを持っているのです。

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