#SHIFT

日本の介護問題、処遇改善よりも効果的な人材不足への対応策をカギは高技能労働者(4/6 ページ)

» 2018年12月28日 08時00分 公開
[石橋未来大和総研]
株式会社大和総研

女性介護労働者の賃金は相対的に低くない

 介護職員の賃金が低いというが、そもそも女性が4分の3を占める介護産業と、労働者の65%が男性である全産業平均との間で賃金を比較することは適切とは言えないのではないだろうか。

 そこで以下では介護労働者に多い女性に注目して賃金比較を行い、介護産業の賃金がどの程度低いのか確認する。

 図表5は、勤続年数別に全産業平均の賃金(男女別)と、社会保険・社会福祉・介護事業の労働者(女)の平均賃金を示したものである。

図表5 勤続年数別の賃金(一般労働者) 図表5 勤続年数別の賃金(一般労働者)

 男性の全産業平均との比較では、女性の介護労働者の賃金は低く、また勤続年数が長いほどその差は大きい。しかし社会保険・社会福祉・介護事業に従事する女性の賃金は、女性の全産業平均と比較すると、いずれの勤続年数においても差はほとんど見られない。女性介護労働者については、ホームヘルパーや福祉施設介護員などで、女性全体の平均賃金と比較して賃金がやや低いのは確かだが、産業全体の男女合計ベースの平均賃金で見た差ほど大きいものではない。

 もちろん、女性賃金全体について男性賃金と大きな格差があるという点が大問題であるが、現実問題として現状を捉えた場合、介護に従事する女性の賃金は、女性の産業平均と比べて著しく低いというわけではないようだ。

 次に、介護労働者の賃金の状況をより詳しく把握するため、労働者の持つ技能と賃金の関係を確認する。溝端[2016](※4)は、近年の大学全入時代を踏まえれば、高技能と高学歴が必ずしも1対1で対応しない事例もあるとしつつ、若年層の特に女性労働者の高学歴化を背景に、労働者の高技能化が加速していると指摘している。そのため、ここでは大学・大学院卒の労働者を高技能労働者と捉え、高技能労働者に対して十分な活躍の場を提供している産業(高技能労働者比率が高い産業)ほど、高い生産性を通じて労働者の賃金も高い水準にあると考える。

 図表6は、産業別(中分類)の高技能労働者(大学・大学院卒)が労働者に占める割合と時間当たり所定内給与額(時給)の関係を示したものである。

図表6 大学・大学院卒の割合と時間当たり所定内給与額の関係(一般労働者) 図表6 大学・大学院卒の割合と時間当たり所定内給与額の関係(一般労働者)

 男女ともに、労働者に占める高技能労働者の割合が高い産業ほど賃金の高い様子が確認できる。例えば、男性で9割、女性で7割の労働者が高技能労働者である「金融商品取引業,商品先物取引業」の時給は、男性で約5300円、女性で約3400円と高い。

 一方、高技能労働者の割合が1割と低い「道路貨物運送業」の時給は、男性で1700円、女性で1300円程度と低い。これは、「金融商品取引業,商品先物取引業」が「道路貨物運送業」よりも高技能労働者の活躍できる場をより多く提供しているため、労働者の持つ高い技能を生かした高い生産性が実現された結果、賃金が高いということだろう。

 この点、労働者に占める高技能労働者の割合が15%の「社会保険・社会福祉・介護事業」の労働者(女)の賃金は約1700円と、男性労働者との比較では低いものの、女性労働者についての高技能労働者割合と時給の関係上で外れ値にあるわけではない。「社会保険・社会福祉・介護事業」よりも高技能労働者の割合が低いが、時給は約1900円と高めの「石油製品・石炭製品製造業(女)」や、労働者の4割近くが高技能労働者であるにもかかわらず、時給が介護労働者とほぼ同じ1700円程度である「飲食料品卸売業(女)」などの産業もある中、女性介護労働者の賃金水準は平均的と言える。つまり、労働者の持つ技能との関係で見ても、介護労働者の賃金は女性労働者の間では、相対的に低いというわけではないようだ。

 もちろんこれは介護が高技能を必要としないために、それに対応する低い賃金が適当であるという意味ではない。これまで労働集約的とされる介護では、一定の専門知識が必要であるものの、必ずしも大学・大学院卒レベルの高技能を持つ人材を必要としてはおらず、またそうした人材に対して活躍の場を十分に提供することができていなかった。

 しかし、今後は人材不足を解消するためにも介護ロボットやAI、IoTの技術の導入による業務の効率化が不可欠であり、介護においてもこれらの新しい技術を使いこなす力に加えて、課題設定・解決力や異質なものを組み合わせて新たな付加価値を生み出すような高技能労働者の活用が重要となっていく。介護分野で高技能労働者に適した活躍の場が増えれば、介護労働者の賃金は徐々に上昇し、長期的にはそれが人材不足を解消していく要因となろう。そのため、介護事業所の収益を3年ごとに見直される介護報酬に依存するのではなく、従来にない質の高いサービス(保険外サービス)を提供することで新たな収益を確保できるような仕組みも整備するべきだ(※5)。

※4 溝端幹雄[2016]「生産性を高める新しい雇用慣行 ―慣行が変化していく条件―」大和総研 経済構造分析レポート No.41(2016年3月29日)

※5 2018年8月から東京都豊島区が、保険サービスと保険外サービスを組み合わせる選択的介護モデル事業(混合介護)を開始している。現行の介護保険制度では、混合介護そのものの実施は認めているが、その運用ルールは自治体ごとに異なるなど複雑なため、実施する事業者はほとんどなかった。そのため厚生労働省は「介護保険サービスと保険外サービスの組合せ等に関する調査研究事業」での検討を踏まえ、2018年9月、訪問介護と通所介護の混合介護のルールを整理している。厚生労働省 通知 老推発 0928 第1号・老高発 0928 第1号・老発 0928 第1号・老老発 0928 第1号「介護保険サービスと保険外サービスを組み合わせて提供する場合の取扱いについて」(2018年9月28日)

Copyright © Daiwa Institute of Research Holdings Ltd. All Rights Reserved.