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日本の介護問題、処遇改善よりも効果的な人材不足への対応策をカギは高技能労働者(5/6 ページ)

» 2018年12月28日 08時00分 公開
[石橋未来大和総研]
株式会社大和総研

低賃金が指摘される理由

 女性労働者の間で比較すれば、現状の介護産業の賃金は水準で見ても、また技能との関係で見ても、一般に指摘されるほど低いというわけではないことが分かった。それにもかかわらず介護労働者にとって賃金の満足度が低く、また賃金の低さが離職理由として多く挙げられる背景には、業務の負担の大きさに比べて賃金が低いと感じられている点があるのではないか。

 花岡[2015](※6)は、業務特性(利用者の抱きかかえや頻繁な前かがみ、中腰、体幹のひねりを伴う姿勢が生じる介護作業が多い)から疾病・ケガの確率が高い介護労働者が、「業務上のリスクに対する賃金プレミアムを考慮にいれて給与水準を評価している」可能性を指摘している。

 実際、第三次産業の中でも保健衛生業(社会福祉施設など)の労働災害発生数は多い(2017年の労働災害における第三次産業の死傷者5万6002人のうち2割以上が保健衛生業)(※7)。

 具体的な労働災害の事故の型を見ると、社会福祉施設では、施設利用者の移乗介助中などでの腰痛等の「動作の反動・無理な動作」(34%)が最も多く、次いで「転倒」(33%)といった行動災害が多い。公益財団法人介護労働安定センター[2018]でも、介護職員の労働条件等の悩み、不安、不満等には、「人手が足りない」に次いで「仕事内容のわりに賃金が低い」(マーカー筆者)が多く挙げられている。

 業務の割に賃金が低い、つまり業務負担が大きいと捉えられているのだとすれば、一部のキャリアの長い介護福祉士に対して処遇改善を行うだけではなく、ICTの導入や介護助手(※8)の活用等によって介護労働者の負担軽減を図る方が、介護人材の確保や定着には効果的と言えよう。

 例えばICT一つを見ても、介護分野でも介護記録など作成文書の削減・簡素化による文書量の半減に向けた取り組みが進められているが(※9)、他の産業と比較して介護分野での利活用は遅れている(※10)。

 データは少し古いが、「平成24年版 情報通信白書」(総務省)では、ICT利活用の状況について産業別に偏差値化を行っている(全産業の偏差値平均50)。そこでは、基盤インフラ(ネットワーク化、基盤ICT、ユビキタス・クラウド)、ICTツール(情報発信・共有ツール、先端ツール)のいずれの項目についても、保健・医療・福祉関連の偏差値が平均以下である様子が示されている(図表7)。ICTの利活用を促進させることで、介護分野の業務負担を軽減する余地は大きい。

図表7 保健・医療・福祉関連のICTの利活用状況 図表7 保健・医療・福祉関連のICTの利活用状況

※6 花岡智恵[2015]「介護労働力不足はなぜ生じているのか」独立行政法人労働政策研究・研修機構『日本労働研究雑誌』 2015年5月号(No.658)(2015年4月)、p.22

※7 厚生労働省「平成29年における労働災害発生状況(確定)」(2018年5月)

※8 介護助手に関しては、石橋未来「生産性向上と離職率低下をもたらす介護助手の活用」(大和総研レポート、2018年10月11日)を参照。

※9 未来投資会議(第16回)資料8「次世代ヘルスケア・システムの構築に向けた厚生労働省の取組について」(2018年5月17日)

※10 ICTシステムを利活用した事業の実施状況について自治体調査(2016年度調査)を行ったところ、「防災」(88.5%)が最も高く、次いで「教育」(80.8%)、「防犯」(66.8%)であるのに対し、「医療・介護」(37.7%)、「福祉」(46.4%)の実施率は低い(株式会社情報通信総合研究所[2017]「地域におけるICT利活用の現状に関する調査研究報告書」(2017年3月、総務省の委託調査))。

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