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» 2019年03月11日 07時00分 公開

新事業を選ぶ“2つの条件”:「本業と無関係」「10年かかる」 キャビア養殖に挑む電線メーカーの生き残り術 (2/5)

[加納由希絵,ITmedia]

会社の「お荷物」だった医療器具開発

 80年代後半、カテーテルは米国製が主流だった。そのため、日本人の体の大きさに合うものの開発が求められていた。カテーテルなら、ケーブル技術を応用しながら、全く新しい商品開発ができるのではないか、と考えたのだ。

 しかし、緻密な技術を要する医療器具の開発は、すぐにはうまくいかない。体の中に入れるものだから、使える材料は限られている。その制限がある中で、「外径は小さく、内径は大きい」チューブを作らなくてはならない。多額の投資をし、開発にも時間がかかったが、その間にも海外製はさらに細く改良されており、さらなる研究が必要になった。着手して2年後の92年、ようやく初めての製品の生産を始めることができた。

photo 医療用カテーテルのチューブ

 その後も毎年4000万〜5000万円かかる設備投資や研究開発の難しさがハードルとなり、医療事業はなかなか黒字にならなかった。その間、医療事業は社内で「お荷物」扱い。莫大な設備投資をしても、赤字を垂れ流すばかり。他の部署からは「いつまでやってるんだ」「道楽じゃないか」などと言われ続けた。

 しかし、何年もかけて取り組んできた研究は少しずつ実を結んでいく。確実に技術力は上がっていた。海外メーカーと並ぶほどの製品を提供できるようになり、事業部を立ち上げてから10年後の2002年、ついに黒字化した。

 3代目の金子社長が就任したのはちょうどそのころ。05年だった。当時、医療事業が黒字になったものの、会社としては危機にあえいでいた。03年には過去最大規模の赤字を計上。携帯電話の普及や公衆電話の減少などによって、コードの売り上げが伸び悩んでいたのだ。

 危機的な状況だったが、医療事業が黒字化していたことが救いとなる。医療事業の将来性が銀行にも認められ、融資を受けることができた。どんなに苦労しても、新しいことに取り組み続けてきたことが、会社の危機を救ったのだ。

 その後も医療事業は拡大。カテーテル用チューブの供給量で国内トップにまで上り詰め、会社の売り上げの過半数を占めるまでに成長している。

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