日本車の未来を考える池田直渡「週刊モータージャーナル」(4/4 ページ)

» 2019年03月18日 06時30分 公開
[池田直渡ITmedia]
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 ところが、中国はご存じの通り特殊な政治形態で、自由経済の上に共産主義政府が乗っている。だから自由主義諸国では起こらないような奇妙なルールがたくさんあるのだ。

 まずGDP世界第2位の経済大国でありながら、自動車を事実上禁輸している。中国でクルマを売りたければ、中国に工場を建設して中国で生産しなくてはならない。しかし工場を建設しようとすると、中国企業との資本提携が義務付けられており、中国側に過半の出資を仰がねばならない。そういうルールがアンフェアだと米国の大統領は主張しているのだ。

 さて、何が言いたいかといえば、中国は水物だということだ。だから2極制覇を目指す欧州メーカーは、いつ中国政府の手のひら返しにあうかわからない。うまくいくかもしれないし、いかないかもしれない。

巨大な中国マーケットは魅力だが、リスクも高い 巨大な中国マーケットは魅力だが、リスクも高い

 先ほど挙げた5つのマーケットでそこまでの高いリスクを持つマーケットはない。もちろんビジネスに絶対はないが、日米型や日印型の安定感と比較すると、ビジネスの堅ろう性に疑義があるのだ。

 今、ポストジャパニーズカーの可能性があるとすれば、欧州メーカーと中国メーカーだけだろう。ところが、そのどちらも中国の政治というブラックボックスに依存している。特に習近平政権はこれまでの中国政府のしきたりを破壊して、未知の領域に突入している。

 中国の歴代政権では、次期政権が常に確定しており、憲法で国家主席の任期を最大10年に限っていた。ところが昨年、習政権は強引に憲法改正を図り、この任期を撤廃した。のみならず、次期政権を担う人材をことごとく追い落として、政権交代の受け皿を完全になくしてしまった。ポスト習近平はない。この不安定な政治形態をして、「習近平の次は内乱だ」と言う中国通もいるほどなのだ。今、中国の未来を見渡せる人は誰もいない。

 そして中国の足下の経済状況は今、どんどん厳しさを増している。もちろん確定的なことが言えるわけではないが、リスクは高まっているといっていいだろう。

 あとは考え方の問題だ。一時的な急変は別として、中長期的には中国での自動車販売は、現状より増えることはあっても減ることはないだろう。ただし今までと同じように破竹の勢いが続くとは思えない。仮に中国の国民1人あたりGDPが日本並みになったとして(それは平均値のみならず分布においてもという意味なので相当に時間が掛かる)、マーケットポテンシャルの余地は現状の倍はない。

 しかしパイが増えるマーケットは中国だけではない。その後ろにひたひたと迫っているのはインドで、こちらはまごうことなき西側陣営で透明性が高い。その人口はまもなく中国を抜く。自動車の販売はマーケットポテンシャルの10%に達したかどうかであり、中国同様、3000万台レベルに達するのはそう遠い未来ではない。

 こうした世界の自動車産業の新大陸である中国・インドのマーケットと対になるのは、すでに伸び代がなく椅子取りゲームの様相の日米欧のマーケットになる。日本は恐らくどこからも攻められない。リスクを取って奪いに来るにはパイが小さい。幸せなことに日本のマーケットは内需に十分な規模でありながら黄金郷に見えるほど魅力的ではないのだ。

 米国は日米メーカーのすみ分けですでに安定しており、トランプ政権が保護主義を強めているため、輸出先として攻め込むには勇気がいる。

 消去法で言えば、ポストジャパニーズカーの担い手である欧州と中国は、互いに自国を守りながら相手の陣地を奪いに行く争いに発展する可能性が高い。そういう意味では、中国メーカーに食われる可能性が一番高いのはドイツだ。ドイツは中国で草刈りを有利に進めるために中国の環境規制をEUにそろえるように働きかけてきた。加えてドイツ政府が大掛かりなEV優遇政策でもやれば、中国にとっておいしいお膳立てが完全にできあがる。さまざまな規制や政策の欧中共通化はドイツが中国から「奪う」ための戦略だったが、逆から見ると「奪われる」原因になっている。

 だから、日本は着々とインドを取り、どさくさに紛れて中国シェアを広げて漁夫の利を狙える。良い意味で蚊帳の外にいるのだ。日本の自動車産業にとって非常に面白い状況が出来上がっているだ。

筆者プロフィール:池田直渡(いけだなおと)

 1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(カー・マガジン、オートメンテナンス、オートカー・ジャパン)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。

 現在は編集プロダクション、グラニテを設立し、自動車評論家沢村慎太朗と森慶太による自動車メールマガジン「モータージャーナル」を運営中。

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