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川崎殺傷で問う「事件と引きこもり」報道の危うさ 当事者団体に聞く当事者性の欠落がもたらすもの(1/3 ページ)

» 2019年06月04日 08時00分 公開
[服部良祐ITmedia]

 5月28日に発生した川崎市の無差別殺傷を始め、痛ましい事件が相次いでいる。連日の報道の中、メディアやSNS上に浮上しているのが「引きこもり」というワードだ。川崎市の発表などでは、事件で自殺した容疑者の男が「引きこもり傾向」にあったとされている。一方、長男を殺害したとして農林水産省の元事務次官が逮捕された別の事件では、この元次官が長男について「引きこもりがちだった」などと供述しているとも報じられた。

 川崎市の事件について、引きこもりやセクシュアル・マイノリティー(性的少数者)などの当事者・経験者で作る一般社団法人・ひきこもりUX会議は声明を発表。「ひきこもっていたことと殺傷事件を起こしたことを憶測(おくそく)や先入観で関連付ける報道がなされていることに強い危惧を感じています」と警鐘を鳴らした。当事者サイドからの問題提起は報道の在り方について議論を呼んでいる。

 こうした事件が起きるたびに特定の属性にフォーカスし、場合によってはあたかも「原因」かのように報じることもあるマスメディア。さらに、SNS上でもこうした属性の人々への攻撃的な発言は決して少なくない。同会議の理事の1人である室井舞花さんに、この声明文を発表した経緯や、事件と引きこもりについてメディアやSNS上にあふれる言説をどう見ているのかを聞いた。

photo 事件報道と「引きこもり」の結び付けに潜む危険(写真はイメージ、提供:ゲッティイメージズ)

「属性と犯罪」安易な結び付け

――ひきこもりUX会議は5月31日に「川崎殺傷事件の報道について」という声明文を発表しました。事件への憤りと哀悼の意を述べた上で、「『ひきこもり』への偏見の助長の懸念」「『犯罪者予備軍』というイメージに苦しめられる」といった報道への危惧を表明しています。声明文を出した経緯を教えてください。

photo 室井舞花(むろい・まいか)。1987年生まれ。ひきこもりUX会議理事。教科書にLGBTを!ネットワーク共同代表。LGBT当事者の立場から発信を続ける。著書に『恋の相手は女の子』(岩波ジュニア新書)。

室井: 川崎の殺傷事件の後、(自殺した容疑者が)「引きこもり傾向にあった」という内容の川崎市の会見がありました。その後、一気に「引きこもり」という言葉と事件が結び付けられる状況になりました。

 決定打は、(容疑者宅から)「ゲーム機とテレビが出てきた」という報道です。あまりにも安易に属性と事件を結び付けており、当事者の間でも不安が広がると思い、5月29日に一気に書き上げました。テレビ番組を中心に、属性と犯罪を結び付けていて引きこもりへの差別を助長するような言い回しがあり、それは本当に良くないなと思っていました。

――当事者の人々から実際に不安の声は上がりましたか。

室井: 私たちは自分自身が「生きづらさ」を感じている当事者、経験者の団体です。相談事業をやっている訳ではないのですが、例えば5月30日に札幌市で引きこもりの当事者や親御さんの集まりがあったときに、「報道を見て体が動かなくなってしまった」といった不安の声が上がりました。

――事件の容疑者・関係者が持つ属性と、事件の原因を結び付けるような報道は以前からあったと思いますが、引きこもりについてはいつ頃からあったのでしょうか。

室井: 最初に「引きこもり報道」が問題視されたのは、約20年前の西鉄バスジャック事件だと思います。

――2000年5月、西日本鉄道の高速バスを少年が乗っ取り3人を殺傷した事件ですね。

室井: そこで(事件を起こした少年が)引きこもりだったということで、「引きこもりは犯罪者予備軍」という言説が語られたと、当事者の間では記憶されています。ひきこもりUX会議の林恭子・代表理事は「ゲーム機の話など、(川崎殺傷の報道は)あの事件の再来のようだ」と述べています。

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