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池澤夏樹が『2001年宇宙の旅』からひもとく「AI脅威論」の真実池澤夏樹は「科学する」【前編】(1/4 ページ)

» 2019年07月29日 05時00分 公開
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 現在の日本文学を代表する作家の1人、池澤夏樹さん。1987年発表の『スティル・ライフ』で芥川賞を受賞し、重要な小説や随筆、翻訳を数多く手掛けている。2011年まで15年以上にわたり芥川賞の選考委員も務めていた。

 池澤さんの作品群に通底する大きなテーマの1つが「科学」だ。大学では物理学を専攻、作品には宇宙、古生物、終末論といったSF的なモチーフが頻繁に登場する。科学をテーマにしたエッセイも数多く手掛け、原発や環境問題など、今起きている科学と社会のせめぎ合いについても積極的に発信してきた。4月には『科学する心』(集英社インターナショナル)を上梓している。

 人工知能(AI)が発達し、人類の宇宙移住も少しずつ現実味を帯びるなど、あたかもSFの世界が現実になりつつあるようにも見える今。文学者の立場から科学へのアプローチを続けてきた池澤さんに、科学技術の行く末、そしてその中で文学が果たし得る役割について聞いた。前中後編の3回にわたってお届けする。

photo 池澤夏樹(イケザワ ナツキ)1945年、北海道生まれ。埼玉大学理工学部物理学科中退。ギリシア詩、現代アメリカ文学を翻訳する一方で詩集『塩の道』『最も長い河に関する省察』を発表。1988年「スティル・ライフ」で芥川賞を、1992(平成4)年『母なる自然のおっぱい』で読売文学賞を、1993年『マシアス・ギリの失脚』で谷崎賞を、2000年『花を運ぶ妹』で毎日出版文化賞を受賞。著書に『言葉の流星群』『憲法なんて知らないよ』『静かな大地』『世界文学を読みほどく』『きみのためのバラ』『カデナ』『氷山の南』『アトミック・ボックス』等多数。他に『池澤夏樹=個人編集 世界文学全集』もある(撮影:井上智幸)

――代表作の1つ『スティル・ライフ』では、登場人物の会話の中で、分子や天体といった概念が詩的にちりばめられるなど、池澤さんの作品を語る上で「科学」は欠かせないポイントです。4月に上梓したエッセイ集『科学する心』では、ウミウシや日時計に始まり進化論、原発問題など多様な科学のテーマが語られています。いつも「文学と科学」「専門家と一般人」との間をペンの力で橋渡ししている池澤さんの科学エッセイですが、今回の本を手掛けたきっかけを教えてください。

池澤: 大学を中退して文学をやっていく中で、“素人”としての科学への興味はずっと続いていました。自分で(科学探求の)フィールドに出たことはなかなかないです。でも、日常を科学の視点からちょいと考えてみると、そんなに大げさなことではないですが、いろんなことがあるんですよ。

 例えば最近、気付いたのは、「キャスターの付いたトランクで普通の道路を歩くとうるさい」ということ。駅なんかならいいいのですが。あと、他人の入っているトイレ(個室のトイレットペーパー)の音もうるさい。

 なぜかと言うと、トランクやトイレの壁が「共鳴板」になっているのですよ。トランクの場合、明らかに「共鳴箱」になっていて、下の振動を拾って音にしてしまう。トイレの場合は壁が薄く、(紙を入れておく)トイレットペーパーホルダーは恐らくモノを考えない人が作っていることもあり、音が拡大される。というようなこと(発見)が、普段からあるわけです。

 科学の進歩で次々に新しい仮説が出て、立証されて定説になっていく――。この何十年、そんな動きが目覚ましい。例えば僕が子どものころ、「プレートテクトニクス(地球のさまざまな変動の原動力を、地球を覆うプレートの運動に求める考え方)」は無く、「ビッグバン」も無かった。そういう意味ではガンガン変わっていったのは面白い限りです。そういったことを啓もう書で追いかけることもあります。

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