ハロが誤作動したら? スペースコロニーの行政とは?――ガンダム世界の“社会問題”を分析元日銀マン・鈴木卓実の「ガンダム経済学」(3/4 ページ)

» 2019年07月30日 07時00分 公開
[鈴木卓実ITmedia]

実はとてもリアル!? なミノフスキー粒子の話

 3つ目に取り上げたいのは、ガンダム世界における極めて重要な“フィクション”であるミノフスキー粒子にまつわる問題だ。レーダーを機能させない効果からMSでの白兵戦の必要性を作り出すといった、物語上の重要な設定を支えてきたミノフスキー粒子だが、今回フォーカスするのはその科学的分析ではない。この物質の発見者にして、MS動力炉の小型化・安定化に貢献したミノフスキー博士の「契約」を巡る悲劇である。

 ジオン公国にいた彼は、極めて重要な業績を挙げたにもかかわらず、地球連邦政府への亡命を企てている。筆者はその裏に、発明の対価を巡り研究者と企業が争うような、契約上の問題を想像せずにはいられない。

 経済学には、ゲーム理論を用いて、法律や制度、企業統治などを分析する契約理論と呼ばれる分野がある。2016年にオリバー・ハート米ハーバード大教授とベント・ホルムストローム米マサチューセッツ工科大教授が契約理論への貢献でノーベル経済学賞を受賞している。

 「将来起きることを、事前に全て知った上で契約することはできない」という不完備契約の理論は、研究者の報酬契約を例に説明されることが多い。研究開発が成功するかは定かではないし、その技術がどの程度の利益をもたらすのかも事前には予測できない。青色発光ダイオード(LED)訴訟も不完備契約の難しさの一例と言えよう。

 ミノフスキー博士が地球連邦政府へ亡命した理由は定かではない。だが、実戦投入可能なMSの開発にこぎつけた功績に比して、ジオン公国が彼に与えた地位や報酬が少なかったということもありえよう。MS実用化後もMS開発における主導的な地位や莫大な予算が与えられていたのであれば、危険を冒してまで亡命を企てなかったかもしれない。

 ミノフスキー博士の貢献をどのように評価すべきかは、実は難しい問題である。兵器が優れていても、実際にどのような戦果を挙げられるかは、作戦や戦場での部隊運用など軍部の活動に大きく左右される。これは、開発した製品が優れているだけでは利益にならず、営業がうまくいかなければ売れないことと同様の構図だ。軍部(営業)の組織内での政治力が強ければ、開発側としては「過小評価された」と感じることもあるだろう。

 まして、ミノフスキー博士の交渉相手は独裁政権を仕切るザビ家である。対等な関係など望むべくもないし、総帥であるギレン・ザビやドズル・ザビにとっては、研究開発を命令しただけであって、「契約を結ぶ」という発想自体がなかっただろう。ミノフスキー博士が開発から離れた後も、ジオン軍は新型MSの開発を進めることができたところを見ると、ミノフスキー博士は過去の人物という形で冷遇されていた可能性もある。

 一説には、ミノフスキー博士はジオン公国の独裁と軍国化を嫌って、地球連邦への亡命を図ったと言われるが、軍国化については、ミノフスキー博士自身がMS開発に携わり、ジオン独立戦争が既に想定もされていたことから、信ぴょう性がなさそうだ。むしろ、自分の地位が不安になったことで、「ザビ家独裁」を口実にしたということはありそうに思える。現代のお笑い芸人だけでなく、宇宙世紀の科学者も納得のいく契約を結ぶのは難しい。それは、人の本質が変らない故の問題かもしれない。

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