クルマはどう進化する? 新車から読み解く業界動向

マツダのEVがスーパーハンドリングEVになった仕組み池田直渡「週刊モータージャーナル」(1/3 ページ)

» 2019年09月10日 07時00分 公開
[池田直渡ITmedia]

 さて、昨日の記事でマツダのEVがどういう社会情勢の中で、何を目的にして作られたかを明らかにし、さらにその常識を覆すハンドリングフィールについてのインプレッションを書いた。ではそんな革新的なハンドリングがどうやってもたらされたのか、そのあたりの技術的説明をしてみたい。

マツダが東京モーターショーで発表する新型EVのプロトタイプ。外観はCX-30のダミーデザインが被せられている

摩擦円って何だ?

 マツダのプロトタイプEV「e-TPV」は、あらゆる速度域で随意筋のごとく自然に反応し、また前輪のみならず、後輪の接地感も従来になく素晴らしかった。ちなみに「e-TPV」とはエレクトリック・テクニカル・プルーブアウト・ビークルの頭文字で、日本語では「電気駆動技術検証車」になる。

 さてその走りの秘密は、マツダ自慢のGベクタリングコントロール(GVC)が、常に接地荷重のコントロールを行い続けているからである。と一応結論から書いてみたが、多分これでは伝わるまい。ところがこれを説明するには摩擦円の話をしないと始まらない。物理のお勉強になってしまうが、ちょっと我慢して読んで欲しい。

 ハンドリングの話を説明する時、ドリフトという現象は極めて部分的な、あるいは例外的な現象なので、あんまり持ち出したくないのだが、例として分かりやすいので、渋々ながらドリフトの話から始める。世間でイメージされるドリフトの状態というのは、大きく分けて2種類ある。慣性ドリフトとパワースライドだ。

 FR車にとって慣性ドリフトでタイヤが滑り始めるのは、遠心力がリヤタイヤのグリップ能力を超えるからだ。タイヤを路面に押し付ける力は単純に重量に比例するが、遠心力は速度の二乗に応じて増加するので、速度を上げて行くと遠心力がタイヤの横方向グリップ(向心力)を上回る。これを慣性ドリフトと呼ぶ。

 パワースライドというのは、後輪駆動車で旋回中に意図的にアクセルを大きく開けて、タイヤのグリップを意図的に飽和状態にすることだ。過剰な駆動力によって縦方向のグリップでタイヤの能力が使い果たされ、タイヤの発生する向心力が減少して滑り始める。わざわざタイヤの横方向グリップを減少させて滑らせる方法だ。

タイヤのグリップ限界を図示した摩擦円

 つまりタイヤのグリップ限界は、縦方向と横方向の総和で考える必要があり、縦横のバランスがどうなっているかを図示化したのが摩擦円である。グリップの総量限界は、図の青い太矢印の長さで表されている。限界時にはこれが円周上をトレースしていく。その時縦方向と横方向のグリップは、太矢印を対角線に持つ四角形の両辺に当たるので、xとyそれぞれの二乗の和の平方根がグリップの総量という関係になる。

 ここまで大丈夫だろうか。ものすごく単純化すると、タイヤの能力は前後と左右の合計であって、縦でたくさん使えば横が減り、横でたくさん使えば縦が減る。別々には存在し得ないのだとだけ分かってもらえば大体OKだ。

 ただ面倒なのは摩擦円の円周が示しているのはあくまでも限界値であり、タイヤの能力に余裕を持って走っている日常の99%の場面では、矢印の先端はこの円の内側にあり、円周まで到達していない。

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