世界一高いビルをアートに変えた若手デザイナー 吉本氏に聞く「LEXUS DESIGN AWARD」の価値LEXUSのブランドデザイン戦略(1/2 ページ)

» 2019年10月17日 11時00分 公開
[林信行ITmedia]

 デザインの力で成功し躍進するブランド、LEXUS。デザインに注力することで、多くの人に親しまれるブランドを築き、ここ数年圧倒的な存在感を放つようになった。そのLEXUSは、もう一方で、未来への種まきとして若きデザイナーや、アーティスト、クリエイターそして職人たちを応援する活動にも力を入れ、これがまた大きな人気を呼んでいる。

 今回は、「LEXUS DESIGN AWARD」を中心に、LEXUSによるクリエイティブコミュニティーを支援する活動を紹介したい。不景気の日本でも、成功している企業、ブランドは他にもたくさんあると思う。しかし、未来の若手育成のために、これだけしっかりと投資をし、成果につなげている会社はなかなか見当たらないのではないだろうか。

→前編:レクサスインターナショナルの澤プレジデントが語る「ブランドにひもづいたデザイン」戦略

LEXUSは現代のパトロン!?

 クラシック音楽や、ヨーロッパの美術館に並ぶ中世の名画の多くは、王侯貴族など、時の権力者たちがその時代のアーティストたちを見つけ出し、応援してくれることで生み出され、現在でも世界中の人々に多くの感動を分け与えてくれている。

 王侯貴族が、それほど力を持たない現代、そうした若きクリエイターたちの応援活動に多くのお金を注ぎ込むのに、もっとも熱心なのは、おそらくフランスやイタリアのファッション・インテリアブランドだろう。

 だが、それらに負けないくらい熱心に若手クリエイターの応援に励んでいる日本ブランドがある。それがLEXUSだ。

 例えば、LEXUSの運営する表参道のカフェ、「Intersect by LEXUS」では頻繁にアーティストのインスタレーション展示やLEXUSが応援するデザイナー、職人の作品の展示が行われている。また、東京ミッドタウン日比谷の「LEXUS meets...」では世界中から集めてきた製品がキュレーションされ紹介されている。

 地域を愛し、特色を生かし、技を磨く若き職人たちを発掘する「LEXUS NEW TAKUMI PROJECT」というプログラムもあれば、そうしたプロジェクトを通して発掘した逸品を「Crafted for LEXUS」としてキュレーションし、LEXUS販売店などで販売する活動も行っている。

 前回の記事で紹介したミラノデザインウィークへの出展(Lexus Design Eventと呼ばれる)も、全てコミッションワークでクリエイター応援の側面がある。コミッションワークとは、LEXUSの方で決めたテーマで、LEXUSが選んだクリエイターに資金を提供して作品を作らせることだ。

 2019年はライゾマティクスがダンスの作品をつくったが、それ以前には現在、デザイン界で引っ張りだこの人気ユニット、フォルマファンタズマやMIT MediaLabの石井裕氏率いるタンジブルメディアグループ、さらにさかのぼれば建築家の平田晃久氏やnendo、吉岡徳仁氏など、今や世界的に人気のデザイナーたちの多くが、その人気が爆発する寸前にLEXUS DESIGN EVENTを手掛けてきた歴史がある。

 そんなLEXUS DESIGN EVENTだが、2013年に大きな変化が起きた。この年から、通常のコミッションワークの展示に加えて、世界中の学生から、テーマに沿ったデザインを応募して優秀作品を紹介する(さらには受賞者をミラノに招待する)「LEXUS DESIGN AWARD」が始まったのだ。

 ただ作品を応募するだけでなく、1次審査を通過した作品には、最終審査前に世界のトップクリエイターたちによる指導を受けた上で最終審査に向けて作品をブラシアップするというメンタリング制度があるのが特徴で、多くの受賞者が「このメンタリング制度に大きな刺激を受けた」と語っている。

第1回「LEXUS DESIGN AWARD」受賞者の大躍進

 2013年の第1回LEXUS DESIGN AWARDには2つの優勝作品があった。その1つは英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アートで学生をしていた吉本英樹氏と日本で会社勤めをしていた小野恵央氏によるtangentというユニットの「inaho」という作品。プロダクトデザイナーのサム・ヘクト氏がメンターを務めた。

「LEXUS DESIGN AWARD」第1回の優勝作品、「inaho」。横を通り過ぎる人の動きにあわせて揺れる稲穂のような照明

 まだ学生だった吉本氏にとっては、初めて本格的に製作した作品だったが、吉本氏は、このアワードの受賞がきっかけでその後、大きな注目を集め、わずか6年の間に世界のトップブランドに作品を提供するトップクリエイターへと大躍進をし、ついにはロンドンで大々的な個展まで開催するに至る。

 たまたまWebで、このアワードが新設されたのを見かけて応募したという吉本氏。応募に踏み切った理由は、アワードのテーマが「モーション」だったから。もともと航空宇宙工学を学び、電気系やコンピュータ系にも精通していた吉本氏、しかし、その後、アート系の大学であるロイヤル・カレッジ・オブ・アートの博士課程に進み、そこでまさに「モーション(動き)」をテーマにした研究をしていた。博士論文の「パルスとリズム」では「振幅する運動というのは、非常にプリミティブ(原始的)な運動ではあるが、それが表現しうる表情は計り知れない」といった内容で、アワードは自分の考えを実践して形にするのに最適だと思って応募したのだという。

 応募作品の「inaho」は、その名の通り「稲穂」をイメージした照明。暗闇の中で金色に輝き、人が近づくとその方向に優しく傾くのだが、そのゆったりとした動きがなんともいえぬ心地よさを生み出す。

 LEXUSはその後、2018年にはこの「inaho」を「Crafted for LEXUS」として商品化を支援。その上で同ブランドがスポンサーをする、世界の空港ラウンジなどにも設置を行うなど、かなり多角的に吉本氏の活動を支援している。

「inaho」は、その後、LEXUSの支援の下、Crafted for LEXUSとして発売するべく商品化された

 そうしたLEXUSの支援もあってか「inaho」という1つの作品がきっかけで、吉本氏はアワード受賞から、わずか6年の間に、世界のさまざまな企業から声がかかり活躍するようになる。2016年にはドバイにある世界で最も高いビル、ブリジュ・ハリファをLED電球で包んで世界最大のディスプレイにする展示を任され、2017年にはベネチアのガラス照明を作るワンダーグラスに作品を提供。2018年にはロンドンのエルメスのショップのショーウィンドウを手掛け、2019年にはエルメスがスイスで開催した10日間のイベントのために、太陽光パネルを使って直径3.5mの地球儀を製作している。しかも、2019年9月にはロンドンで、LEXUS全面バックアップの元、初の大々的な個展も開き好評を博している。

スイスで行われたエルメスのイベントのために、太陽光パネルで製作した直径3.5mの地球(写真はLondon Design Weekで行われたTANGENTの個展で同作品が再展示された様子。写真:Martin Cocksedge)
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