『ジョーカー』が暴いた「アンチヒーロービジネス」―― 誰もが“都合の良い悪夢”に溺れる訳自己啓発やオンラインサロンと同じ商法(2/3 ページ)

» 2019年11月07日 08時00分 公開
[真鍋厚ITmedia]

反体制文化の単なる「消費」

 そういう意味で、YouTube講演家の鴨頭嘉人氏が自身のチャンネルの動画で述べていたように、「今、人が集まる人とは、正しいことを言う人ではない。本当のことを言う人である」は至言ともいえ、真実に近いのでないでしょうか。

 例えば、YouTubeを駆使した炎上商法でファンを獲得するNHKから国民を守る党党首の立花孝志氏は「アンチヒーロー」そのものです。少なくない人々の「自分は他人と違う」「空気を読みたくない」といったアンチ欲求に支えられている面からも、「アンチヒーロービジネス」を成り立たせている「アンチヒーローシステム」の構造は想像以上に奥が深いのです。

photo 「アンチヒーロー」への欲求は意外なほど広く存在する(写真はイメージ、提供:ゲッティイメージズ)

 つまり、「アンチヒーローシステム」は広範囲に渡っており、『ジョーカー』のような大衆娯楽作品から、前述のオンラインサロンや自己啓発セミナー、果ては新興宗教や政治運動まで、虚実を問わずわたしたちの人生に影響を及ぼしているということです(このシステムを最も凶悪な形で利用し尽くしたのが過激派組織ISIL、通称「イスラム国」です)。

 しかし、これは多くの場合、「革命の狼煙(のろし)」というより「反体制文化の消費」に落ち着きます。その証拠というわけではありませんが、『ジョーカー』はすでに「反体制のアイコン」になりつつあります。つまらない仕事をサボって『ジョーカー』を鑑賞し、腐敗した社会を爆砕した気になって“リフレッシュ”する――これが消費のされ方の“王道”というわけです。

 要は「その場限りの熱狂で程よくガス抜き」され、結果として「現実を変える」よりも「現実を“やり過ごす”」作法を促し、むしろ「既存の体制を(破壊せず)補完」するのです。もちろん鑑賞後に「周りの風景が違って見える」ということはあるでしょう。けれども、それが良くも悪くも「つまらない仕事」に向かわせるための“刺激的な保養地”として機能するのです。

 これには神話学者であるジョーゼフ・キャンベルが、ジャーナリストのビル・モイヤーズに語っている古代神話の役割が参考になります。

キャンベル: 古代神話は精神と肉体とを調和させるために作られたものです。精神は奇妙なひとり歩きを始めて、肉体が欲しないものを求めたがる。神話や儀式は精神を肉体に適合させ、生活方法を自然が定めた道に引き戻す手段です。

モイヤーズ: すると、そういう古い物語はわれわれのなかで生きている?

キャンベル: まさしくそのとおりです。

(『神話の力』飛田茂雄訳、早川書房)

 以上のキャンベルの指摘を踏まえれば、「アンチヒーローシステム」は、「個人を社会に適合させる」ための「ヒーローシステム」の亜種であることに気付きます。結局のところ、この社会に嫌気が差し、倦(う)んだ人に、「アウトサイダーの夢」を見させ、「インサイダーの道」に「引き戻す手段」ということになるのです。

 ここに「アンチヒーロービジネス」の要となるヒントが詰まっています。『ジョーカー』を鑑賞して「実際に殺人に走る」人はまずいないでしょう。あくまで「(悪い)夢」を消費しているにすぎないからです。

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