『ジョーカー』が暴いた「アンチヒーロービジネス」―― 誰もが“都合の良い悪夢”に溺れる訳自己啓発やオンラインサロンと同じ商法(3/3 ページ)

» 2019年11月07日 08時00分 公開
[真鍋厚ITmedia]
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「痛快なアンチ」を求める社会への警鐘

 しかしながら、ジョーカーことアーサー・フレックは、どちらかといえば「現代におけるありきたりな悲惨」(精神疾患、解雇、いじめ、非モテ、児童虐待等々)をコンプリートした設定です。加えてそこに自尊心が確保できる「居場所のなさ」が刻印されているがゆえに、多かれ少なかれ「慢性的な不幸感」にさいなまれている現代人の琴線に触れ、既存の秩序を転覆させる「(悪い)夢」に共感する境地を切り開いたのでしょう。主人公と観客に「何か重要な接点があると思わせる」“真実味”です。

 本作ではそれが「心優しき芸人」の「身の置き所のない地獄」というリアリズムを重視したギミックでした。オンラインサロンや自己啓発セミナーであれば、主催者とメンバー間における「共通の危機意識」となるでしょう。

 そのため『ジョーカー』の作り手は、劇中に「ジョーカー」と「熱狂する大衆」の隔絶をあえて仕込んだのでしょう。『ジョーカー』の核心部分だけを抜き出せば、「シリアルキラーが反体制のシンボル」に祭り上げられる、という恐るべき皮肉です。これは私たちが「アンチヒーロー」に「都合の良い夢」を仮託しやすいことへの警句なのです。

 今後、わたしたちが「今の世界」に「居心地のなさ」を感じれば感じるほど、コミュニティーの崩壊が進んで社会状況が悪化すれば悪化するほど、「アンチヒーロービジネス」の未来は幸か不幸か異様な明るさを増していくでしょう。

 先進国において多数派になりつつある「慢性的な不幸感」にさいなまれた人々は、ゆううつな現実を吹き飛ばしてくれる「痛快なアンチ」を切望するからです。「自分たちが抱える苦悩に関係がある」と思える魅力的な「アンチヒーロー」が、「報われない人々にこそ希望の光が宿る」とか、「現代の悲惨を背負い続けるあなたがた一人ひとりが革命の種子だ」とか、「いや、既にあなた方の種子は芽吹き始めている!」などと鼓舞し始めたら――?。

 分かっていて仕掛ける側も、分かっていてハマる側も、訳知り顔でシニカルに観察する側も、例外なしに、この妖しい輝きを放つ「アンチヒーローシステム」の誘惑から逃れ難いことに留意すべきでしょう。

真鍋厚(まなべ あつし/評論家)

1979年、奈良県天理市生まれ。大阪芸術大学大学院芸術制作研究科修士課程修了。出版社に勤める傍ら評論活動を展開。専門分野はテロリズム、ネット炎上、コミュニティーなど。著書に『テロリスト・ワールド』(現代書館)、『不寛容という不安』(彩流社)がある。


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