グレタさんが振りまく「終末論ムーブメント」――“破滅の未来”はなぜ人々を魅了するのか“環境少女”が世界で受けた真相(3/4 ページ)

» 2020年01月15日 08時00分 公開
[真鍋厚ITmedia]

終末論は退屈な日常を活性化する“エンタメ”

 なぜなら、国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の一連の報告書が「大きな危機」を裏付けているからです。早ければ2040年(わずか20年後!)に“大惨事”が起こると警告しています。産業革命以前に比べて地球の気温が1.5℃上昇した場合、世界は大規模な食糧危機や山火事に見舞われ、大量のサンゴ礁が消滅すると記しています。多数の死者を出し、何億匹もの動物が犠牲になっているとされるオーストラリアの森林火災は、まさにその黙示録的な前兆となるわけです。

 そのため、最近やたらと終末論が目に付きます。筆者は以前その界隈(かいわい)に足を突っ込んでいたことがありますが、終末論は、それを支持する人々にとっては退屈な日常を活性化するエンタメであり、刺激剤なのです。終末論に染まってしまった人の多くは物事を変えようとはしません。むしろホームシアタームービーを楽しむように「世界の終わり」を待望します。

 アメリカによるイラン革命防衛隊の司令官殺害で、中東地域での武力衝突の緊張が高まり、世界各国のソーシャルメディアで「World War3(第三次世界大戦)」がトレンド入りしましたが、少なくない人々が「世界の終わり」が明日にでも来るのかと色めき立ったのです。「クソみたいな毎日」に嫌気が差している者ならなおさらでしょう。

 トゥーンベリ家の人々は、あくまで現状を軌道修正するために「世界の終わり」を強調する立場ですが、終末論に耽溺(たんでき)する人々はむしろ現状を諦観して“大惨事”をスペクタクルとして消費するのです。

 つまり、「世界の終わり」をあおる不安マーケティングを展開し過ぎると、かえって「何をしても無意味」だと考えて享楽的になったり、「エコ不安症」のように抑うつ的な傾向が拡大されたりすることが懸念されるのです。

 本来であれば「温室効果ガスの削減」とともに議論されるべき「温暖化への適応」が放置され、飢餓や貧困の深刻化といった“人災”にも発展しかねません。わたしたちの生命に直結する問題であっても、見た目が地味な政策は軽視されがちになるのです。

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.