そもそも入港拒否はできたのか ダイヤモンド・プリンセスを巡る「法的根拠」の話クルーズ市場最前線(2/3 ページ)

» 2020年02月19日 14時00分 公開
[長浜和也ITmedia]

客船の感染症予防対策はどうなっているのか

 ダイヤモンド・プリンセスでは、船内感染の拡大や長期間の船室停留で体調を悪くしたとする可能性が指摘されています。船内感染の拡大については、結果を発表している検査の実施が隔離対策前なのか後なのかで切り分ける必要があります。また、船室停留による体調悪化については今後検証する必要があるでしょう(特にインサイドキャビンの停留おけるストレスの評価など)。

 客船に限らず、閉じた空間で生活する船舶において、感染症が常に脅威であったのは事実です。ただそれだけに、長年にわたって対策に取り組んでおり、ノウハウの蓄積によって効果的な防疫体制を備えています(今回の件は未知のウイルスだったことが災いした)。

写真はイメージ(提供:ゲッティイメージズ)

 このように船舶における防疫対策については、次のような国際的なガイドラインが用意されています。

船舶衛生ガイド

【これって、なに?】

  • 船内で感染症が発生しないように、感染症が発生した場合に感染を抑制するために実施する対策や衛生を維持する設備を定めた国際的ガイドラインです。

 船舶衛生ガイドは、WHOが策定した船舶における感染症予防のための衛生基準を示すガイドラインです。ここでは、船内空調や水回り、排せつ施設などの船舶構造から水や食品などの衛生面に影響する管理運用面、媒介生物の管理、感染症発生時の抑制方法などで、基準と行動指針を示しています。

 その第8章にある感染症発生時の抑制では、ノロウイルスのような胃腸疾患(AGI)とインフルエンザのような急性呼吸器疾患(ARI)に分けて対応策を述べていて、ARI発生時には、発症者の24〜72時間の隔離と抗ウイルス療法の実施、濃厚接触の可能性のある人へのマスクと手袋の使用、直接接触の制限、船室停留、排泄物吐しゃ物汚染エリアの消毒を挙げているほか、エアロゾル感染を想定した対策(特にリネン類の扱い)を指定しています。

【要するに】

客船でコロナウイルスによる呼吸器疾患感染症が発生した場合、船室隔離と濃厚接触者へのマスク、手袋使用、汚染エリア消毒などで感染を抑制するのが、現時点におけるガイドラインです。

旗国主義って何て読むの(そ、そこから……!)

 ダイヤモンド・プリンセスの対応において、海外から日本政府が非難されているという報道があったあたりから、「旗国(きこく)主義」という単語が報道やSNSでよく見かけるようになりました。

 旗国主義とは外国船籍の船舶の上において、その管理する権利は船籍がある国にあるとする考え方です。船舶は決まりによって、船籍のある国の定めた船籍旗を掲げるため、旗国主義と呼んでいます(なお、船籍旗と船籍のある国の国旗は別物=デザインが異なるケースもある)。

 旗国主義の考え方は、船舶の所有と船員の保護、そして、外国に国家権力が行使しやすい拠点を設けるという目的から、長らく、主流とされてきました。しかし、船籍がある国と実際に船舶を運用する国が異なる「便宜置籍船」の増加や、海難事故による海洋汚染に対する責任の所在、海賊・武装集団による損失や対策など、旗国主義では対応できない事案が増えるにつれて、船舶の管理する権利と旗国主義の考え方が変わりつつあります。現在では船舶が寄港する国や航行する沿岸の国は、船舶に対して管理する権利をもつ「寄港国管轄権」「沿岸管轄権」が拡大しつつあるのが現状です。

 このように、旗国主義と船舶に対する管理する権利(=管轄権)の現状をまとめた論文に、吉田晶子氏が記した「国際海事条約における外国船舶に対する管轄権枠組の変遷に関する研究」があります。

 ここでは、「港湾において外国船舶の管轄権は寄港国にあって、寄港国が入港条件を自由に設定できる」という国連海洋法条約の解釈も紹介しています(ただし、この入港条件は安全装備など船の構造基準に着目しています。また、そもそも今回のケースで寄港国となる日本には、疫病を理由とした入港拒否の法的根拠はありません)。

 この第6章には海上労働における管轄権の考察がなされています。ここで船員の管轄権について便宜置籍船の船員で問題となる旗国主義と運用企業の国籍による問題に言及していて、ILO(国際労働機関)が定める条約基準(健康保護と医療及び社会保障の項目もある)を満たすことが求められていること(ただし旗国の管轄権は原則として認めている)や、寄港国の検査は受けなければならないことを紹介しています。

 寄港国の管轄権では、寄港した外国船籍の船舶に対して、「安全又は健康にとつて明らかに危険な船内における条件を是正するための必要な措置をとることができる」と旗国による管轄権を上回るとしている一方で、「措置を講じるときは当該外国船舶の領事等に通告しなければならず、当該船舶を不当に抑留し又はその出航を不当に遅延させてはならない」という条文もあることを挙げています。

【要するに】

 海外に船籍がある船舶において、管理する権利=管轄権は船籍を持つ国にあるとする「旗国主義」が長年主流でしたが、現在は、航路の沿岸にある国による管轄権や寄港した国による管轄権が認められつつあります。ダイヤモンド・プリンセスの場合は、船内の衛生管理や検査実施において寄港国管轄権が優先されており、日本が管轄権に基づいて実施しています。

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