新型肺炎が教える中国ビジネスのリスク 情報公開が遅れる中国との付き合い方新型肺炎が教える中国ビジネスのリスク(2)(1/5 ページ)

» 2020年03月04日 05時00分 公開
[島崎晋ITmedia]

 新型肺炎の感染拡大(パンデミック)が連日のように報道されている。中国発の肺炎が瞬く間に世界へと拡大し、私たち日本人は「中国リスク」を痛感させられている。

 今回の感染拡大はさまざまな問題をはらんでいるが、なかでも中国当局による情報公開の遅れが“人災”につながっている点を指摘する人が多い。

 歴史家の島崎晋氏は、最新刊『覇権の歴史を見れば、世界がわかる』(ウェッジ刊)で、情報公開の遅れにつながった、新型肺炎拡大以前の根本的な問題、つまり共産党の独裁体制である中国の背景にクローズアップ。ビジネスで中国となんらかの関わりを持つ人が事前に知っておくべき教養ともいえる内容を歴史的・文化的背景からまとめている。

 前回に続き新型肺炎がもたらすリスクについて取り上げる本連載では、情報公開の遅れを生みだす中国の体質を知り、日本が付き合っていく方法に言及する。

phot 情報公開の遅れを生みだす中国の「ビジネスリスク」とは?(写真提供:ゲッティイメージズ)

新型肺炎“情報公開の遅れ”を生む中国の体質

 「2月中にピークを迎え、5月までに終息」――中国政府は新型肺炎について、1月の時点でこのような見方を示していたが、現時点ではまだ何とも言えない状況にある。日本には「後悔先に立たず」という諺(ことわざ)があるが、中国政府が2019年末か、遅くとも1月中旬に本格的な対応に乗り出していれば、という思いを多くの人が抱いているに違いない。

 なぜそうならなかったかと言えば、その理由は武漢市市長の以下の発言に、見事なまでに要約されている。

 「地方政府は情報を得ても、権限が与えられなければ発表することはできない。この点が理解されていない」

 この発言はあまりに無責任として、大反発を招きはしたが、地方政府の置かれた立場を内外に衆知させるうえでは“合格的な声明”と言える。今さら言うまでもないが、1949年に成立した中華人民共和国は、中国共産党による一党独裁体制の国家である。全世界の国連加盟国を見れば、独裁国家が過半数を占めるのだから、それ自体は珍しくない。

 アジア・アフリカで経済成長著しい国の多くは、独裁政権のもとでそれを果たしてきた。先進国の価値観によれば、経済成長と自由化・民主化は並行して進行すべきところ。欧米とは歴史・文化的背景の異なる世界では、自由化・民主化は混乱と汚職を生むばかりで、独裁政権下での強引なやり方によらねば、経済成長どころか、秩序の維持さえ覚束(おぼつか)ないのが実情だった。

 とはいえ、人権問題を別にしても、独裁国家には問題が多すぎる。「法治」(ほうち)は名のみで、いまだ「人治」(じんち)がまかり通っている中国の情況では、公的機関でも民間企業でも、「鶴の一声」で決定が覆されることは珍しくない。私的な人間が権力を握っていることすら珍しくない。

 少し前のことだが、東京の中国領事館のビザ発給窓口を、外交官でも何でもない二等書記官の夫人が牛耳っていたことがあった。正規の平の職員は夫人に何も口答えできず、ビザ申請代行を請け負う旅行代理店担当者すらも日々、夫人の機嫌を損ねないよう気を配っていた。

 さらに、大手旅行代理店は何かと自社に便宜を図ってもらおうと、高級家電や菓子折りの贈答、食事会のセッティング、国内旅行への招待を定期的に繰り返すありさまだった。だが、袖の下を独り占めしていたことが発覚し、夫人は夫とともに強制帰国させられた。そのときばかりは関係者一同、留飲を下げたそうだ。

phot 中国は中国共産党による文字通りの「一党独裁体制」だ。公的機関でも民間企業でも、「鶴の一声」で決定が覆されることは珍しくない(写真提供:ロイター)
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