上船する船客が「SARS-CoV-2」(以下、新型コロナウイルス)に感染した疑いで長期にわたる検疫と健康観察が続いていた大型客船「ダイヤモンド・プリンセス」(総トン数11万5875トン、全長290メートル、船客定員2706名、乗員数1100名)で、2月19日以降、健康観察が終わった船客から下船が始まりました。
報道やSNSにおけるダイヤモンド・プリンセスに対する関心は依然として高く、船内における感染症防止対策や客船を停留施設として使用したことなどについて、適切であったか否かを問う報道やSNSにおける発言が今も続いています。
SNSにおける発言の中には、ダイヤモンド・プリンセス(とその姉妹船のサファイア・プリンセス)を建造した三菱重工の技術者が執筆した論文のPDFを発掘して意見を交換するケースもありますが(ただし、ダイヤモンド・プリンセスは一度大改装を経験しており、船内の状況が論文執筆時から変わっている可能性がある)、その一方で未確認情報や誤った情報を根拠にした記事も存在します。
前回は疫病が発生した客船への対応を「法的根拠」の視点から考えました。今回は、運用面に影響するポイントを確認して「そのときダイヤモンド・プリンセスにできたこと」を考えてみます。
新型コロナウイルスは未知のウイルスでしたが、その場合でも従来の事案から類似するケースを参考に対応策を講じます。ダイヤモンド・プリンセスも、船客の上船段階から航海中において、運行会社である米国のプリンセス・クルーズの指導を受けつつ、船長の指揮において過去の類似事例を参考に事前に策定してある感染症拡大予防の対策をとる必要がありました。
ここでいう「事前に策定してある」対策として作成したのが、前回の記事でも取り上げた「船舶衛生ガイド(第三版)」と「国際保健規則(2005)」、そして、船舶衛生ガイドとセットとなる「国際船舶医療ガイド」です。国際医療ガイドでは、発生した外傷や疾病ごとにどのような医療行為をすればいいのか記載しています。疾病にはペストや黄熱病、狂犬病といった非常に重篤な疾病と一緒に、新型コロナウイルスの対策として参考にされたというSARSについても取り上げています。
一部の報道では、ダイヤモンド・プリンセスの事案が、客船で集団感染が発生した「初めてのケース」としていますが、実はそうではありません。航海中の客船で感染症が集団発症する事案はこれまでも何回か起きています。
米国疾病対策センター(CDC:Centers for Disease Control and Prevention)の組織として主に客船における感染症を管轄するVSP(Vessel Sanitation Program)では、米国クルーズ企業の所属客船で過去に発生した感染症の集団発症(上船する船客の3%以上が感染して発症)したケースをリストにして公開しています。
VSPのリストは主に消化器系感染症(特にノロウイルス)の案件がほとんどですが、それでも2019年には10例、18年には11例の報告があります。その多くはパーセンテージにして一桁台の感染にとどまっているものの、最近の客船が大型化して船客数も数千人となってからは発症者数が三桁台となることもまれに起きています。
海運業界と国際的な海事関連機関、そして国際的保健機関では、客船に限らず船舶の集団感染が起きたときや新しい感染症が発生したタイミングで、それまで実施してきた感染症防止対策を新しい知見を基にアップデートしてきました。ダイヤモンド・プリンセスが今回のクルーズを実施した時期(起点の横浜港を出港したのは1月20日)において、新型コロナウイルスの対策として参考にされたというSARSについての船舶衛生ガイド(第三版)、国際保健規約(2005)、「国際船舶医療ガイド」に記載されている主な指針は次のような内容です。
加えて、WHOが03年に策定した「国際クルーズ船における感染予防措置とSARSの管理」では、次の港に入港するときの対策として次の指針を求めています。
一方、ダイヤモンド・プリンセスの運航会社であるプリンセス・クルーズとその“親会社”であるカーニバル(その日本法人がカーニバル・ジャパン)は、2月3日時点における新型コロナウイルス対策として、「米国疾病対策予防センター(CDC)および世界保健機関(WHO)と連携して」いると取材に答えています。そのCDCでは、クルーズ船における新型コロナウイルス対策の方針を専用のWebページ「Interim Guidance for Ships on Managing Suspected Coronavirus Disease 2019」で公開しています。そこで述べている具体的な対策には次のような項目があります。
このようなCDCの方針を受けて、プリンセス・クルーズ(そして、プリンセス・クルーズが所属するカーニバルが擁する全てのクルーズ運行会社)は2月3日時点で次のような対策を実施していました。
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