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» 2020年03月05日 08時00分 公開

クルーズ市場最前線:新型コロナで揺れる大型クルーズ船 そのとき「ダイヤモンド・プリンセス」にできたことを考える (1/3)

「法的根拠」の視点で「ダイヤモンド・プリンセス」の対応を論じた前回に続き、今回は運用面から「そのとき何ができたのか」を見ていく。

[長浜和也,ITmedia]

 上船する船客が「SARS-CoV-2」(以下、新型コロナウイルス)に感染した疑いで長期にわたる検疫と健康観察が続いていた大型客船「ダイヤモンド・プリンセス」(総トン数11万5875トン、全長290メートル、船客定員2706名、乗員数1100名)で、2月19日以降、健康観察が終わった船客から下船が始まりました。

 報道やSNSにおけるダイヤモンド・プリンセスに対する関心は依然として高く、船内における感染症防止対策や客船を停留施設として使用したことなどについて、適切であったか否かを問う報道やSNSにおける発言が今も続いています。

 SNSにおける発言の中には、ダイヤモンド・プリンセス(とその姉妹船のサファイア・プリンセス)を建造した三菱重工の技術者が執筆した論文のPDFを発掘して意見を交換するケースもありますが(ただし、ダイヤモンド・プリンセスは一度大改装を経験しており、船内の状況が論文執筆時から変わっている可能性がある)、その一方で未確認情報や誤った情報を根拠にした記事も存在します。

ダイヤモンド・プリンセスを船尾右舷側から見る。撮影したのは2014年4月の日本初就航における横浜港大さん橋にて。船尾に母港があるロンドンの表記と英国商船を示す「レッドエンサイン」が確認できる

 前回は疫病が発生した客船への対応を「法的根拠」の視点から考えました。今回は、運用面に影響するポイントを確認して「そのときダイヤモンド・プリンセスにできたこと」を考えてみます。

ペストやコレラやSARSも想定した船舶の感染症対策

 新型コロナウイルスは未知のウイルスでしたが、その場合でも従来の事案から類似するケースを参考に対応策を講じます。ダイヤモンド・プリンセスも、船客の上船段階から航海中において、運行会社である米国のプリンセス・クルーズの指導を受けつつ、船長の指揮において過去の類似事例を参考に事前に策定してある感染症拡大予防の対策をとる必要がありました。

 ここでいう「事前に策定してある」対策として作成したのが、前回の記事でも取り上げた「船舶衛生ガイド(第三版)」と「国際保健規則(2005)」、そして、船舶衛生ガイドとセットとなる「国際船舶医療ガイド」です。国際医療ガイドでは、発生した外傷や疾病ごとにどのような医療行為をすればいいのか記載しています。疾病にはペストや黄熱病、狂犬病といった非常に重篤な疾病と一緒に、新型コロナウイルスの対策として参考にされたというSARSについても取り上げています。

 一部の報道では、ダイヤモンド・プリンセスの事案が、客船で集団感染が発生した「初めてのケース」としていますが、実はそうではありません。航海中の客船で感染症が集団発症する事案はこれまでも何回か起きています。

 米国疾病対策センター(CDC:Centers for Disease Control and Prevention)の組織として主に客船における感染症を管轄するVSP(Vessel Sanitation Program)では、米国クルーズ企業の所属客船で過去に発生した感染症の集団発症(上船する船客の3%以上が感染して発症)したケースをリストにして公開しています。

 VSPのリストは主に消化器系感染症(特にノロウイルス)の案件がほとんどですが、それでも2019年には10例、18年には11例の報告があります。その多くはパーセンテージにして一桁台の感染にとどまっているものの、最近の客船が大型化して船客数も数千人となってからは発症者数が三桁台となることもまれに起きています。

 海運業界と国際的な海事関連機関、そして国際的保健機関では、客船に限らず船舶の集団感染が起きたときや新しい感染症が発生したタイミングで、それまで実施してきた感染症防止対策を新しい知見を基にアップデートしてきました。ダイヤモンド・プリンセスが今回のクルーズを実施した時期(起点の横浜港を出港したのは1月20日)において、新型コロナウイルスの対策として参考にされたというSARSについての船舶衛生ガイド(第三版)、国際保健規約(2005)、「国際船舶医療ガイド」に記載されている主な指針は次のような内容です。

  • すぐに無線で医療アドバイスを求めること
  • 次に寄港する港の医療当局に通知すること
  • 発症者を単独で部屋に滞在させそこから離れないようにすること
  • 滞在する部屋への入室者はできる限り少なくすること
  • 看病する人はマスク、医療用ガウン、手袋を着用し、退室前に破棄すること
  • 入室時と退室時に手洗いを実施すること
  • 指定の薬剤を投与すること(ガイドには具体的な薬剤名と分量の記載あり)

 加えて、WHOが03年に策定した「国際クルーズ船における感染予防措置とSARSの管理」では、次の港に入港するときの対策として次の指針を求めています。

  • 発症者に船上で接触した可能性がある人を全て特定し診察が終わるまでは全員下船させない
  • 寄港地医務官はSARS感染者を下船させて最も近い医療施設に搬送する

米国CDCが出していた船舶向け新型コロナウイルス対策

 一方、ダイヤモンド・プリンセスの運航会社であるプリンセス・クルーズとその“親会社”であるカーニバル(その日本法人がカーニバル・ジャパン)は、2月3日時点における新型コロナウイルス対策として、「米国疾病対策予防センター(CDC)および世界保健機関(WHO)と連携して」いると取材に答えています。そのCDCでは、クルーズ船における新型コロナウイルス対策の方針を専用のWebページ「Interim Guidance for Ships on Managing Suspected Coronavirus Disease 2019」で公開しています。そこで述べている具体的な対策には次のような項目があります。

  • 病気の人の上船を断る
  • 体温が38度以上の人、兆候や症状がある人は一人用船室に隔離して医療部門に連絡する
  • 咳、くしゃみはティッシュで覆い、使ったティッシュを捨て、手洗いと消毒をする
  • 発症者は「N-95ではなくサージカルマスク」を着用させ、ドアを閉じた個室に隔離する(可能ならば空中感染隔離対応の空調を使用する)
  • 発症者と接触する人は(CDCが定める基準を満たした)標準予防策、接触予防策および空中予防策を講じ、目の保護具(ゴーグルやフェースシールドなど)を使用する
  • 中国の旅行歴などCOVID-19感染が疑われる船客または乗員の上船を拒否
  • 運行会社は乗員に新型コロナウイルスの危険性を認識させ、発症者と接触する乗員の個人用保護具使用を指導する(ただし、それ以外の乗員に対しては作業行動の観点からマスクの着用を勧めていない)

 このようなCDCの方針を受けて、プリンセス・クルーズ(そして、プリンセス・クルーズが所属するカーニバルが擁する全てのクルーズ運行会社)は2月3日時点で次のような対策を実施していました。

  • 過去14日間に中国本土(湖北省を含む。ただし、香港、マカオ、台湾は除く)から、または中国本土を経由して旅行した人の上船を断る
  • 中国本土からの乗員は、追って通知があるまで船での乗務はせず待機
  • 中国本土経由のフライトで船上勤務を予定していた乗務員は便を変更
  • 上船前には全ての船客に病気、または病気の症状に対する報告を義務付け
  • 呼吸器症状または発熱症状がある船客には、体温チェックを含む健康診断を実施
  • 船内で発熱および呼吸器疾患の症状がある船客が船内メディカル・センターを訪れた場合は、全船客に対してコロナウイルスの医療スクリーニング検査を実施
  • 発熱および呼吸器疾患などの症状、新型コロナウイルス感染が疑われる船客がいる場合、各国の保健当局に報告
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