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DX最先端都市、神戸市の挑戦 戦略と泥臭さの融合が動かす「弾み車」IT活用で変化する自治体の今(2/3 ページ)

» 2020年05月18日 10時30分 公開
[蒲原大輔ITmedia]

フェーズ2:主体性のある現場とのタッグで進める初期導入

 役所としてのビジョンを対外・対内に示し、推進するチームを作った。次はいよいよ、外注依存から脱却し、低コストかつ素早い業務改革サイクルを各現場が回せるような強い組織を作るべく、内製文化の醸成に向けた具体的なアクションを実行することになる。

 フェーズ2の「初期導入」では1〜2つ程度の限られた部署と組んで、パイロット・プロジェクト(先行的、試験的な事業実施)を行う。その成功事例を活用して、全庁に展開していくという考え方だ。多くの人は未知のテクノロジーを導入することに対して保守的な反応を示す。そのため、まずはいくつかの成功モデルを作り、心理的な導入障壁を下げることが効果的である。

 また、支援部門としても初めから多くの部署の案件を同時に抱えると手が回らなくなってしまう。限られた部署にリソースを集中することで成功確率を高めるとともに、得られたノウハウを集約して、全庁展開に向けた準備を進めることが理にかなった戦略といえるだろう。では、パイロット・プロジェクトを成功させるポイントは何であろうか。

 最も重要なポイントは、現場に「自分事化」してもらうことだ。

 前述の通り、業務改革の推進は現場が手足を動かして行わねばならない。業務フローの整理、関係者へのヒアリングや説得などを通常業務と並行して進める必要がある。関係者との合意形成には時に困難も伴うため、やりきる意思が求められる。当然、業務改革支援チームもプロジェクト管理の支援やノウハウ提供を行うが、あくまでも主体的にこれらを進めるのは「業務のプロ」である現場職員だ。

 主役である現場職員が上記のタスクをやりきるモチベーションが無ければ、当然ながら良いアウトプットを期待することは難しい。だからこそ、いかに現場部門に「自分事化」してもらうかが重要である。

 神戸市では、庁内に対して働き方改革のアイデア募集を実施した。働き方に問題意識のある部署からさまざまなアイデアの応募があり、それに対して情報化戦略部から詳細のヒアリングと提案を行っていくというものだ。現場部門は必ずしもICTに精通しているわけではないため、民間から登用したICT業務改革専門官との議論を通じて、問題解決の方向性を探っていく。その中で、ある部署に対してローコード開発ツールを用いた解決提案をし、紙やFAX、表計算ソフトで行っていた業務をアプリ化。大幅な業務改善に成功している。

 忙しい中、働き方改革のアイデア募集に時間を割いて応募するということは、それだけその職員や部署に現場の問題を解決したい思いが存在することの表れでもある。このように「熱量のある人・部署」と取り組むことを優先することで、パイロット・プロジェクトの成功にぐっと近づく。

 業務改善に成功した部署の職員は、後日のインタビューで「結局自分たちの仕事を見直して、何を残して何を削るかは事業者の方にはできなくて、自分たちでやるしかないんです」「今までの仕事を抜本的にやり直すということに対して、業務の洗い出し、担当者への聞き取り、庁内の説得などは想定以上に大変でした。途中で根をあげそうになった時期もありました。(中略)でも、今回やってみて、本当に使いやすいものを作るには、自分たちが汗をかかなきゃいけないってことも分かりました」と語っている。自分事として主体的に手足を動かす意思がある部署とタッグを組むことの重要性が、このコメントからも理解できるだろう。

フェーズ3:庁内広報と案件開拓がポイントになる全庁展開

 パイロット・プロジェクトが無事成功したら、次に考えるべきは戦略的に全庁展開を進めることだ。神戸市では以下の3つの方法で効果的に推進している。

 まず1つ目は庁内広報だ。自治体は住民に対する情報公開や広報を行っているものの、庁内広報の重要性は見落とされがちである。パイロット・プロジェクトでどれだけ優れた成果が出ても、他部署にその事例が知られなければ展開は進まない。そこで神戸市では、オンライン・オフラインの両面で庁内広報を展開している。

 オンラインとしては、「Design Our Work」という庁内メディアを通じて、全職員に対して発信している。情報化戦略部がパイロット・プロジェクトに成功した部署の職員へのインタビューを実施し、ブログ記事として公開するなどして、ICT活用による業務改革の効果を訴求するものだ。

 オフラインの手法としてはイベント開催がある。「KOBE GovTech見本市」と題した庁内向けイベントを開催。神戸市でのプロジェクトに関わるベンダー数社によるプレゼンテーションや、職員からの業務改善の取り組みみ報告を実施するとともに、実際に一部の部署で先行導入されている製品を展示するというものだ。市長を始め百人以上の職員が参加した。

 これらの庁内広報活動を通じて、業務改善したいというニーズが各部署から掘り起こされ、情報化戦略部にプロジェクト候補としてストックされる。そしてICT業務改革専門官自らが、その部署に足を運んでヒアリングや提案をして、プロジェクト化していくという流れとなっている。

 実際に、専門官と会話している中で「案件」という言葉が頻出する。この言葉の裏には、業務改善に対するニーズはあらゆる部署に存在しており、それを情報化戦略部の仕掛けによって掘り起こし「案件化(=プロジェクト化)」するのだという意思が感じられる。

 多くの自治体では、通知や庁内報による募集のみにとどまるが、神戸市情報化戦略部は各部署に足を使って個別アプローチすることによって、効果的に案件発掘を進めている。ローコード開発ツールの利用部門は19年11月時点で13部署・17業務にまで拡張し、PoC・検討フェーズも含めて利用部門の数は着々と増えているが、ここまで全庁展開が進んでいる背景には、マスアプローチ(庁内広報)と個別アプローチの組み合わせによる、プロジェクト発掘の努力によるものといえるだろう。

 全庁展開推進のカギとなった2つ目は職員の育成である。現場の職員が自ら業務改善を行うためには、そのためのスキルが必要となるため、体系化された学習の場を提供する。ここで陥りがちな失敗は、特定のツールの詳細な説明から始めてしまうことだ。

 当然のことながら、職員が改善したい業務課題に応じて最適なソリューションは異なるため、特定のツールに視野を狭めてしまうと問題解決から遠ざかるリスクがある。そのため、神戸市では幅広い業務改善の事例を紹介し、職員の頭の中にイメージを作ってもらうことから始めている。それを自分の業務に置き換えて、業務改善のポイントを探す・相談する・解決するというアクションが取れるようになることを目標とした研修を実施している。この研修によって最適なツールが見いだせれば、次にそのツールに関する学習や業務フローの作成学習にステップアップするようなイメージだ。

 さらに、神戸市ではコミュニティー化にも力を入れている。「KOBE Tech Leaders(KTL)」という庁内コミュニティーを立ち上げ、さまざまなICTツールの学習・トレーニングの機会を提供している。KTLがあることにより、各部署で業務改善に取り組む職員同士や、他自治体や省庁、民間など外部との交流が生まれ、職員の視野を広げる場にもなっている。

 著者の経験上、多くの自治体職員は役所のクローズな人間関係の中で日々を過ごしているが、外部とつながることで新たな気付きやモチベーションがもたらされることも多い。コミュニティーはクローズな形で運営するといずれ熱量が落ちてしまうため、外部にオープンなスタンスをとり、常に新陳代謝を起こし続けるよう戦略的にマネジメントすることが理想だ。

 3つ目は職員の評価と成功体験だ。これまで自治体においては、業務改善は本業の傍らで自主的に行っているものという認識が一般的で、そのスキルが職員の価値として評価されてこなかったと考えている。しかしDXを推進する上では、現場側にもICTを用いた業務改革ができる人材が不可欠であり、適性に評価されなくてはならない。

 神戸市では、業務改善に関する庁内コンペを実施して、優れた実績を上げた職員を表彰しているほか、民間企業が開催するピッチイベント等への職員のエントリーを積極的に進めている。外部に出ていってプレゼンテーションを行い、評価される経験は職員にとっても成功体験となる。

 ここまで見てきたように、全庁展開フェーズでは、庁内広報による案件開拓、職員の育成、評価と成功体験を組み合わせながら、各部署が自律的な業務改善を進められる状態を目指していくことが求められる。

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