#SHIFT

コロナが浮かび上がらせた論点、「ベーシックインカム導入」が難しい真の事情 ――企業は収益力を強化せよ中島厚志がアフターコロナを見通す【後編】(1/3 ページ)

» 2020年06月30日 05時15分 公開
[武田信晃ITmedia]

 第2波が襲来する可能性はあるものの、国際的に見ればコロナウイルスの第1波を比較的抑えた日本。緊急事態宣言も解かれ、自粛が求められていた、都道府県をまたいだ全国の移動も6月19日に解禁された。

 前編では経済産業研究所前理事長で現在、新潟県立大学国際経済学部の中島厚志教授に、コロナ後の世界で企業が取り組むべきことデジタル経済などについて語ってもらった(デジタル経済に舵を切れ 「変われない日本企業」から脱却するために参照)。後編の今回は、中島教授が長年滞在したフランスの状況を中心に、ベーシックインカムや企業の収益性など、世界の動きを踏まえながら日本はどのような針路を取るべきかを聞いた。

photo 中島厚志(なかじま あつし)新潟県立大学国際経済学部。独立行政法人経済産業研究所前理事長。1952年生まれ。1975年東京大学法学部卒業後、日本興業銀行入行。パリ支店長、パリ興銀社長、執行役員調査部長、みずほ総合研究所専務執行役員調査本部長などを歴任し、2011年に経済産業研究所理事長、2020年より現職。主な著書に『大過剰 ヒト・モノ・カネ・エネルギーが世界を飲み込む』(日本経済新聞出版社)、『統計で読み解く日本経済 最強の成長戦略』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)など

消費が回復しない

――東京都は感染を抑えつつ経済回復を目指すロードマップを策定しました。今後の方向性についてどのように見ていますか?

 日本を含め米国、フランス、ドイツなどを見ても、外出規制・自粛後の経済活動再開策としてやっていることに大きな差はありません。ただ、経済を回すために規制を緩和しても、世界的に消費はすぐには回復しないという実態があります。

 一足早く経済回復に手を付けた中国を見ても、5月の工業生産は前年比で4.4%回復しているものの、消費(社会消費品小売総額)はマイナス3.0%です。また2月にマイナス81.7%まで大きく落ち込んだ自動車販売は5月になってようやくプラスに転じました。

 自動車のような「商品」はサービスと違って、一時外出規制で買えなかったとしても規制解除後には反動で大きく増えてもおかしくないのです。しかし、実際には勢いはあまりありません。(日本では)「爆買い」と称された中国人の消費も、鈍くなっている。雇用も不安定になるなど生活に不安があれば消費を控えるのは当然のことです。

photo 中国の5月の消費(社会消費品小売総額)はマイナス3.0%で依然として回復していない(中国国家統計局などデータを基に中島厚志教授作成)

――日本の消費者のマインドが回復するきっかけになるのは、コロナのワクチンができてから、ということでしょうか?

 ワクチンの完成は一区切りにはなると思いますが、「3密の中でもコロナに感染しない。大丈夫」だと多くの人が思えるようになるまで消費マインドが回復するのは厳しいと考えています。第2波がいつ襲ってくるのか分かりませんから。とりわけ、買い控えの分まで後で買える製造業の製品と違って、サービス産業は失ったものを完全には取り戻せないでしょう。

 観光産業1つを取ってみても、以前のように3000万人の観光客を再び迎えるのは何年先になるか分かりません。新型コロナの影響で倒産する企業が増えるのは避けられそうにありませんが、一方、「非対面」という状況に対応して、浮かび上がる企業も確実に現れます。そこにも注目してほしいですね。今後の参考になると思います。

 繰り返しますが、今後の経済の方向性は、非対面の中でどうやって付加価値をつけていくのか――。これを実践できれば「生き残る企業」になれます。

――欧米各国もいろいろな施策を策定しています。

 参考となるのは、EUの再生に向けたロードマップの1つである「欧州グリーン・ディール」です。グリーン・ディールは戦後の米国が、欧州の復興を手掛けたマーシャル・プランにあやかったものですが、大きな危機を大々的な投資で低炭素社会を作ることによって乗り越えるという考え方ですね。

 2030年に向けて(1)大胆な二酸化炭素の削減(グリーン経済への移行)と、(2)単一市場の深化とデジタル化を掲げています。特に後者は、高品質なネット接続、データを基盤とする経済の実現、どのような企業活動にも公正で容易なネット環境の実現を目指すものです。日本は世界から見るとデジタル化が遅れています。日本政府が強靭なインフラを目指すのであれば、具体的な戦略を持たないといけません。戦略策定のために欧州グリーン・ディールは大いに参考になるはずですし、危機だからこそやれる施策だと考えています。

――フランスでは政府が従業員の一部を休職させ、最大で給与の84%を補償する「一時的休業制度」を設けましたが、日本が参考にすべき点はありますか。

 フランスは、GDPに占める財政支出の割合が世界で最も高く、今後の経済復興を占う上での先行事例になると思っています。もともとフランスは市場経済の国なのですが国家が主要な産業と企業を統治する混合経済体制を敷いてきました。現在でもルノーやフランス電力といった主要企業では政府が大株主となっていて、その影響は色濃く残っているのです。

 ただ、財政支出割合が世界最高まで高まった状況では、フランスといえどもこれ以上の国民負担増はなかなかできません。社会保険料も増やせないので日本よりも厳しい状況にあるといえます。そんな中で、今回のコロナ危機では政府は休業補償を手厚くしすぎたように見えます。

 一時的休業、育児休業を含む病欠、休暇などの理由で出勤をしておらず休業補償を得ている労働者が、現在雇用者人口の5割以上に上ってしまっているのです。実に1330万人がこの一時的休業者となっており、雇用者の半分以上は企業ではなく国家が給料を払っている構図です。さすがに10月からは段階的に補償を縮小することが発表されましたが、しっかり景気を回復させないと、この一時的休業者のかなり人が解雇され、完全失業者に振り替わる懸念があります。

 現在は、通常ではあり得ない予算の付け方がなされ、さらにコロナによって再び、現代貨幣理論(編注:MMT、自国通貨建てで政府が借金して財源を調達しても、インフレにならないかぎり、財政赤字は問題ではないという主張)のメリットなどが強調されていますが、いずれ欧米でも財政の健全化へ向けた動きが必ず始まります。増税する余地がほとんどない中、フランスがいかにして社会と経済を回していくのかは、今後の日本の動きを見る上でも注目に値します。

photo フランスの一時的休業者数の推移(フランスのINSEEのデータを基に中島厚志教授作成)
       1|2|3 次のページへ

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.