第2波が襲来する可能性はあるものの、国際的に見ればコロナウイルスの第1波を比較的抑えた日本。緊急事態宣言も解かれ、自粛が求められていた、都道府県をまたいだ全国の移動も6月19日に解禁された。
コロナ禍の中で議論が巻き起こったのが「9月入学」の導入だ。今年度は見送りとなったものの、経済産業研究所前理事長で現在、新潟県立大学国際経済学部の中島厚志教授は「日本経済と企業の今後の在り方も問われるもので、見送りになったことは残念」だと語る。
今回の9月入学見送りは、経済界にとってどんな意味を持つのか。コロナ後の世界で企業が取り組むべきこととは――。中島教授に真意を聞いた。
――新型コロナウイルスの影響による休校の長期化を受けて、「9月入学」の導入の是非について関心が高まりました。どのように見ていましたか?
人生100年時代を迎えるのに合わせて、政府はいま、そのための制度設計を進めています。高齢者から若者まで全ての人が活躍し続けられる社会を作る必要があるとして、教育の無償化、大学改革、リカレント教育に加えて高齢者雇用促進などが推進されていますね。
私は同じことが義務教育においてもいえると考えていて、「義務教育の就学期間を伸ばすべき」だというのが持論です。現在の9年間の義務教育年限は1947年、つまり70年前に定められたもので、そのときの平均寿命は60歳未満でした。昔は「人生60年」だと考えられていましたが、今後「人生100年」になるのであれば、もっと教育の期間が長くてしかるべきだと思うのです。
――確かに60年の人生と100年の人生では、教育の期間を変えるのは当たり前ですね。
なぜそう考えるかというと、各国の「平均就学年数」と「1人当たりの国民所得」との間には明らかに正の相関関係があるからです。しかも、就学年数が延びると、所得が就学年数の伸び以上に大きく増える関係にあるのです。ちなみに、日本の平均就学年数は12.8年ですが、あと1年延びれば、1人当たりの国民所得は平均的に3割ほど増える計算になります。あと2年延ばせば1人当たりの国民所得は8割増加し、世界でもトップクラスの所得(6万ドル程度)になるという計算になります。
また、それほど明確ではないのですが、就学年数が長くなると所得格差が縮小するような傾向もうかがえます。つまり人材の高度化は、国民が豊かになると同時に所得格差を縮める可能性があるといえるのです。
――義務教育の延長と9月入学導入の間には、どのような関係があるのでしょうか。
9月入学を始めるにあたり、義務教育の開始を半年早めて5歳半から始めてはどうかというアイデアが出てきました。私は就学年数を延ばすことが重要だと考えていますから、「これはいい考えだ」と思いました。
義務教育を早めることにデメリットはあまりないはずです。また、これに合わせて、義務教育と、大学での専門教育を1年間ずつ延ばし、トータルの就学年数を延ばせば高度な人材を育成することもできますね。主要国では大学院に進学する人が増えている一方、そうではない日本の相対的な競争力は落ちています。主要国の求人を見ると修士以上を要件とする企業もありますし、国際機関の中には職種によっては文系でも博士号取得者しか採用しないところもあります。これが世界の現実です。日本も従来以上にしっかりとした教育をしないと世界の中では戦えません。
翻って日本の状況を見渡せば、コロナの対応で極めて多額の予算が付きましたし、国民全体に危機感もある。私はこういう例外的なことが起きている今こそ9月入学を導入し、教育全体の制度設計を変える千載一遇のチャンスだと考えたのです。導入に当たってはもちろん、教員の数が足りない、施設も十分ではない、待機児童が増える……こういった問題がでてくるのは承知しています。
ですが、実際には国家予算の2倍以上、合計200兆円以上の補正予算がついて、国民にこれからの生活、経済そして時代にまでわたる危機感や不安感が高まっても9月入学は実現されませんでした。予算も国民の危機感もあった状況の中で変えられないのなら、平時で変えるのは無理でしょう。今が比類のない危機だからこそ、戦略を持って変革を実現してほしかったと悔やまれます。
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