なぜ? 中国アプリTikTokに米トランプ大統領が異例の圧力星暁雄「21世紀のイノベーションのジレンマ」(3/3 ページ)

» 2020年08月12日 07時00分 公開
[星暁雄ITmedia]
前のページへ 1|2|3       

各国はトランプ政権に追随せず

 TikTokやWeChatにどのような「脅威」があるのか、トランプ大統領は明確に述べていない。「安全保障上の問題」「プライバシーの侵害」といった抽象的な記述があるだけである。

 米国以外の各国の反応はどうだろうか。インドは、米国の動きより以前の6月末、中国とインドの国境紛争を受けてTikTokなど中国製アプリを禁止している(関連記事)。この時はインドが定めたインターネット遮断のための法律を適用したと見られている。ただし詳細は不明なため、インドのインターネット団体IFF(the Internet Freedom Foundation、インターネット自由財団)は手続きの開示を求めている。

 インドの動きは今回のトランプ政権の動きとは独立している。トランプ政権に追随して米国以外の国がTikTokに圧力を加える動きは今のところ出ていない模様だ。

 オーストラリアのスコット・モリソン首相は「TikTokを調べたが制限する根拠はない」と発言している。英国、フランス、ドイツもTikTokへの特別な対応は行わないとしている。英国、オーストラリアは安全保障に関わる機密情報を米国との間で共有しているといわれる。そうした関係にある英国とオーストラリアがTikTokに対して特別な警戒をしていない点は注意しておくべきだろう。

 ちなみに、オーストラリアは、中国の通信機器メーカーHuaweiを早い時期から警戒していたといわれている。そのオーストラリアが、TikTokについては「制限する根拠はない」と考えているわけである。

 他の証言もある。TikTokアプリの挙動を解析したフランスのセキュリティ研究者バティスト・ロベール(Baptiste Robert)氏は、Facebook、Snapchat、Instagramのような他のアプリと比べて「TikTokは不審な動作をしておらず、異常なデータの流出もしていない」と結論付けている。ユーザーのデバイスに関する情報は取得しているが、その度合いは他のアプリと変わらないという。

 このように、TikTokの「プライバシー侵害の脅威」の具体的な内容は今のところ明らかではない。また米国と緊密な関係にある国も、今のところTikTokを脅威とは考えていない。

言論の自由との矛盾

 トランプ政権が出した大統領令を見ると、TikTokに対して求めているのはサービスの停止ではなく、米国企業との「取引の停止」である。その意図がサービスの撤退なのか、それとも有利な条件で米国資本に事業を譲渡させることなのか、そこは分からない。

 米国には言論の自由に関する長い伝統がある。大統領が特定のソーシャルメディア企業を名指しして事実上の撤退を強いるなら、これは言論の自由を損なうことになりかねない。

 米国の人権団体ACLU(アメリカ自由人権協会)のJennifer Granick氏は、「何百万人ものアメリカ人がコミュニケートしているアプリを禁止することは、言論の自由への脅威である」と述べた(Bloombergの記事)。評論家Matt Stoller氏は「我々は中国のインターネットをアメリカで再現しようとしているのか?」と長文の評論で問いかけた。

 「中国のインターネットをアメリカで再現」とは手厳しい言い方だ。中国国内のインターネットは厳しい検閲を受けていることで知られる。インターネット企業への国家の統制も厳しい。米国政府の今回の措置は、米国のインターネット環境を中国のような国家統制にしてしまう第一歩ではないか、との批判が出ているのだ。

今こそ必要な「思考のフレームワーク」

 事態が複雑で混乱している時にこそ、原則に立ち返って考えるべきだ。今回の一連の問題に対して、どのような思考のフレームワークを使って考えればいいだろうか。

 米国の報道を見てきた中では、米国の人権団体ACLU(アメリカ自由人権協会)による8月2日のツイートがシンプルだが本質を突いていた。

TikTokのような企業のプライバシーに関する懸念に真に対応するためには、議会は、米国の消費者にサービスを提供する“あらゆる”企業が、令状またはそれに相当するものなしに私たちのデータをあらゆる政府に引き渡せないようにするべきだ。

大統領が選択的にプラットフォームを禁止することは解決策ではない。

 ACLUは、本当に必要なことは「あらゆるプライバシー侵害からユーザーを守るための制度作り」だと指摘している。

 もし一部の中国アプリにプライバシー侵害の問題があるなら、問題を特定した上で、プライバシー侵害からユーザーを保護するための普遍的、包摂的なデータ保護の制度――つまり、あらゆるプライバシー侵害からすべてのユーザーを守るやり方を考えて整えることが本質的な解決法だろう。

 日本で同様の議論――例えば中国製アプリ禁止の議論が起きた場合も、この原則はそのまま当てはまるはずである。

筆者:星 暁雄

フリーランスITジャーナリスト。最近はブロックチェーン技術と暗号通貨/仮想通貨分野に取材対象として関心を持つ。学生時代には物理学、情報工学、機械学習、暗号、ロボティクスなどに触れる。これまでに書いてきた分野は1980年代にはUNIX、次世代OS研究や分散処理、1990年代にはエンタープライズシステムやJavaテクノロジの台頭、2000年代以降はクラウドサービス、Android、エンジニア個人へのインタビューなど。イノベーティブなテクノロジー、およびイノベーティブな界隈の人物への取材を好む。

前のページへ 1|2|3       

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.