東日本大震災によって、キリンビールも東北にある工場が被災。本搾りを含む多くの製品の製造が滞ってしまった。そんなとき、同社に届いたのが「本搾りの製造をやめないで」という、顧客の熱い声だった。その熱量に押され、会社として「ブランドの底力を再認識した」(小野寺氏)という。
工場の復旧後は、本搾りを注力ブランドとして認識し、翌12年には商品をリニューアル。キリンにはチューハイのメガブランド「氷結」があり、本搾りはその陰に隠れがちだったが、営業活動や商品リニューアルなどに力を入れ始めると、認知度も高まり、販売は伸びていった。12〜13年ごろは、前年と比べて倍増に近い実績だった年もあったという。そういった経緯が、8年連続の2桁成長につながっている。
ファンの声がブランドの力を再認識するきっかけになったというが、なぜそこまで熱いファンが多いのか。その一端は、本搾りの歴史から見えてくる。
本搾りは03年、ワインメーカーのメルシャンから発売された。当時のメルシャンはまだキリングループ入りする前。本搾りはワインメーカーが独自に開発するチューハイだったというバックグラウンドがあるのだ。
「居酒屋の生搾りチューハイのような、余計な香料などを加えないチューハイを」という志で開発されたのが本搾りだった。「果実のありのままの良さを最大限引き出す」という、ワインにもつながる着想は、缶チューハイを多く開発する大手メーカーとは製法に対する考え方が異なる。また、大手メーカーのような大規模な広告やマーケティングも実施していなかった。
そのため、広く知れ渡ることはなかったが、その特徴的な味わいに夢中になる人も出てきて、“知る人ぞ知る”ブランドになった。07年にメルシャンがキリングループ入りし、翌年に本搾りをキリンビールが引き継いだ後も、ブランドの特長は残っていった。小野寺氏は「私が営業担当をしていた頃も、店舗から『本搾りにはお客さんがついている』という声を聞いていた。他のブランドとは違う、という認識だった」と振り返る。
ニッチなブランドだったが、確実にファンがついていた。その本搾りがマーケティングによって広く知られるようになれば、成長するのは必然だろう。「メジャーになってきたが、まだポテンシャルはある。成長を続けているのはそういう理由」だと小野寺氏は話す。
では、ファンをひきつける味とは、いったいどういうものなのだろうか。
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