肉マイレージが“改悪”されたと見なされているが、これは紛れもない事実だ。なぜなら、これまでの肉マイレージ制度は経営の持続可能性を逸脱し、顧客に過剰な還元を行っていたともいっていいからだ。
従来の肉マイレージは、一度指定されたグラム数を食べ切れば、年に一度いきなり!ステーキに行けば失効しない永続的なライセンスであった。そして、肉マイレージが3000グラムに到達した時、つまり300グラムのステーキを10回食べれば、以降はソフトドリンクが無料になるだけでなく、誕生月にはリブロースステーキが300グラム無料で食べられるクーポンも付くゴールドカードへ昇格する。
ここでいきなり!ステーキのビジネスモデルをおさらいしたい。飲食業界、とりわけステーキ店としては珍しく、肉の原価率は6割もあった。飲食における原価率は通常3割程度であることを考えると、顧客は同じ値段でも、単純計算で他店舗より2倍高品質なステーキを食べることができていたわけだ。この原価率の高さは、立ち食いによる省スペース化と回転率の高速化でまかなっていた。
高品質なステーキで薄利多売モデルを成し得た点が、いきなり!ステーキの成長をもたらしたのだ。これだけでも十分な付加価値だが、それをさらに強化したのが肉マイレージ制度にある。
ただし、この肉マイレージが厄介な点は「年数が経つほど、ゴールド以上の会員ランク人数が増えること」にある。ある顧客が10回ほど食事をしてしまえば、利益率の高いドリンクの収益は生涯ゼロとなるばかりか、タダで提供しているためドリンクの仕入れ額がまるまる赤字になってしまう。
この時点でいきなり!ステーキは、ドリンクの無償提供によって5〜8%程度の値引きを実質的に行っていることになる。
そして誕生日クーポンは、使い方によっては最大で50%以上の実質的な値引きになるシステムであった。それは、年に1回だけいきなり!ステーキでお金を払って食事をすることである。肉マイレージカードがゴールドであれば、誕生月は無料でリブロースステーキが食べられた。そのため、カードが失効しないように年一回だけ利用して、次は誕生月に足を運ぶだけで、一生涯年一回のタダ肉権が得られたのだ。
ここまで検討すると、肉マイレージは、昨年に騒動となったある納豆専門店の一生涯無料パスポートに似た側面も持っていたことが分かる。
極め付きは肉マネーチャージである。肉マネーチャージはニクの日、つまり毎月29日にはチャージ代金に15%上乗せして残高が付与される。そして当初、肉マネーのチャージはクレジットカードでも可能だった。クレジットカード決済は、店舗側が3%程度の加盟店手数料を負担することになる。
ドリンクの無償提供や肉マネーといった各種の施策を合わせると、原価率6割であるにもかかわらず、二割程度の割引を実施しているため、実質的な原価率は7.5割にも達する。これでは人件費や店舗家賃を加味すると到底利益を出すことは不可能だ。
原価率3割の飲食店でも肉マイレージのような施策を実施している店舗は少ない。改悪といわれつつも、まだに制度として残っているだけ、企業努力の跡がうかがえるといえるのではないか。
そんな筆者も本項を執筆するにあたり、久しぶりにいきなり!ステーキの実店舗を訪れた。コロナ禍もあってか店舗にはかつての喧騒(けんそう)がなく、席には椅子も用意され、ウリであった“立ち食い”の面影も薄れている。しかし、新メニューのウルグアイ産ステーキはやはり高い原価率に裏付けられた品質で、同価格帯のステーキチェーンと比較しても味の点で競争優位性があると感じだ。
オワコンといわれつつも、いまだにたたかれたり、話題に挙がっているのをみると、それはある意味では「いきなりステーキ!はもっといけるはず」という顧客の愛情の裏返しなのかもしれない。
中央大学法学部卒業後、Finatextに入社し、グループ証券会社スマートプラスの設立やアプリケーションの企画開発を行った。現在はFinatextのサービスディレクターとして勤務し、法人向けのサービス企画を行う傍ら、オコスモの代表としてメディア記事の執筆・監修を手掛けている。
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