エイベックス・電通……大企業の自社ビル売却にまつわる2つの誤解古田拓也「今更聞けないお金とビジネス」(1/2 ページ)

» 2021年01月29日 07時00分 公開
[古田拓也ITmedia]

 ここのところ、大企業の自社ビル売却が活発となっている。

 2020年12月にはエイベックスが港区の自社ビルを売却する旨が報じられ、1月には同じく港区に本社を構える電通も自社ビル売却の方向で調整をしていることが分かった。そして、27日には日通が本社ビルを売却し、千代田区に新本社を建設・移転する動きであることが報じられた。

エイベックス本社ビル(エイベックスWebサイトより)

 ここ最近で相次いでいた自社ビル売却の動きであるが、20年10月のJTビル売却や、NECの相模原事業場の売却等の事例からその兆候は現れてはいた。なお、日通の事例は自社ビルを売却するものの、千代田区の新天地には新たな自社ビルを建設するため、他事例とは分けて考えるべきであることに注意が必要である。

 そうはいっても、最近ではパソナの淡路島移転といった「郊外化」の動きや、リモートワークへの転換といったさまざまな動きも並行で現れていることもあり、今回取り上げる自社ビル売却の狙いが誤解されている節もある。そこで今回は大企業の自社ビル売却によくある2つの誤解を解き明かしていきたい。

売却=退去ではない

 エイベックス・電通・NECは自社の不動産を売却するものの、ビルから退去するわけではない。電通やエイベックスなどがオフィスを引き払い、リモート化や郊外化へ一気に舵(かじ)を切ったというイメージは誤りである。

 これらの企業は自社物件を売却したうえで、売却先のファンドなどからビルを借りて元自社ビルを継続利用する。このスキームを、「セールアンドリースバック」という。物件を売り(セール)に出して、借り戻す(リースバック)ことで、物件を継続利用しつつ手元資金を確保できる。

 ここまで聞くと、「今後も使い続けるのなら、わざわざ売却して家賃を払うよりも自社ビルとして家賃ゼロのまま運営した方が合理的ではないか」と考える方も少なくないだろう。

 しかし、この方式は経営上・会計上のメリットが多い。流動性の低い不動産を流動性の高い現金に換価することで、借入金がある場合はそれを返済して自己資本比率を高めたり、ROA(総資産利益率)の向上が期待できたりする。売却損が発生する場合は、他の利益と相殺することで決算対応や節税効果も期待できる。売却で得た現金の運用が自社ビルの期待運用利回りを上回る形で活用できれば、ROE(自己資本利益率)の改善効果も期待できる。

 なお、「外形的に自社資産を売却したことが察知されにくい」こともこの方式を取るメリットではあるが、今回取り上げられたような世間の関心が高い大企業については、スクープ報道などによって内容がつまびらかになってしまい、この点のメリットは出なかったようだ。むしろ、「売却」という言葉が一人歩きし、「経営が苦しいのではないか」という詮索が一部入ってしまった点では、デメリットが現れてしまった。

 ただし、確かにこの方式は資金が潤沢な場合は通常用いられない。コロナ禍による「経営の効率化」と「資金繰りの確保」という観点でみると、各社はこれまでよりもスリムに経営していくことが求められてきていることは否めない。

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