それにしても、なぜ社会人に限定したお笑いライブを始めようと思ったのだろうか。奥山さんに聞いたところ、彼は学生時代にお笑いのプロとして活動していたという。当時、お笑いをやっていた人の多くが共通の悩みを抱えていた。それは「就職」か「お笑い」かの選択である。
会社で働けば生活は安定するが、それまで打ち込んできた世界をあきらめなければいけない。お笑いの道を選べば夢を追い続けることになるが、金銭面での苦労が目に見えている。この問題を解決することは難しく、泣きながら相談されることもあったそうだ。
当時、学生だった奥山さんは、このようなことを考えていた。「野球やサッカーなどであれば、社会人になっても地域のチームでプレーすることができる。一方、お笑いはどうか。個人的に続けている人はいるが、気軽にステージに立つことはできない。そうした悩みを抱えている人たちの受け皿になるような“場”を提供することはできないか」と。
ああでもない、こうでもないと、いろいろなことを考えた結果、奥山さんは社会人限定のお笑いライブを実施することにしたのだ。集まった演者の職業は、さまざまである。大企業の製造業で働く人もいれば、銀行員もいれば、公務員もいる。先ほど紹介したように、ライブの規模は順調に増えていった。素人が集まった手づくりのイベントは、なぜ広がっていったのだろうか。
その理由を取材したところ、「意外」というキーワードが浮かんできた。ライブに参加しているお客の多くは、知り合いなどに誘われて会場に足を運んでいる。当然、演者全員が社会人であることは知っていて、「おもしろい」ことをそれほど期待していない。自分を笑わせてくれるというハードルが低いこともあって、ライブが終わると「意外におもしろかったー」という感想が多いのだ。
19年には、新たな試みを実施した。参加した演者に順位をつける「社会人漫才王」というイベントを開催したところ、250人ほどのお客が詰めかけた。多くのお客が笑っている姿を見て、「来年はもっとたくさんのお客さんが集まるようにがんばるぞー」(奥山さん)と思っていた矢先のことである。新型コロナの感染者が増え始めたのだ。
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