ただ台湾の事件が示唆するように、海底ケーブルにはリスクもある。国家的なスパイ工作に使われる懸念がつきまとう。国際電話が海外との連絡手段の一つだった当時、国家の諜報機関が電話線の役割を担っていた海底ケーブルを経由した通信を盗聴してきた歴史がある。古くは第二次世界大戦以降、米国とソ連が海底ケーブルを使った盗聴合戦を繰り広げてきたのだ。
13年には、米政府による海底ケーブルを使った情報収集活動を元CIAの内部告発者であるエドワード・スノーデン氏が米機密文書を盗み出して暴露した。米国が、海底ケーブルと陸ケーブルがつながるポイントから行き交うデータを大量に抜き取っていたのだ。
実は、海底ケーブルを使った米国のスパイ工作が明らかになった当時、南米ブラジルは米国内の光ケーブルを経由してインターネットなどのデータを受け取っていた。そのため、ブラジルに届く全ての通信データが米国に監視されていたことが発覚した。結果、ブラジルは公然と米国を非難し、米国を通らない独自の海底ケーブルの敷設を発表。20年にはブラジルからポルトガルなどを結ぶ海底ケーブルが誕生した。
こうした国家間の争いに巻き込まれたくない米IT大手グーグルは、2010年から米ロサンゼルスと千葉県を結ぶ海底ケーブルや、ロサンゼルスと南米チリを結ぶ海底ケーブルを次々に完成させた。米IT大手メタも同様に、NECと組んで21年から欧州と米国を結ぶ北大西洋横断ケーブルの建設を行っている。有事の際でも、通信を介した経済活動を維持できるよう独自のインフラを確保しているのである。
世界の経済活動を支えるという大役を任されている海底ケーブルだが、ハード面の脆弱性に伴うリスクは今までも指摘されてきた。08年、台湾沖で発生した地震の影響で台湾の海底ケーブルが2本破損し、使用できない状態に陥った。さらに台湾とケーブルがつながっている中国や香港、フィリピンなどでデータ通信が遮断され、タイやマレーシアなどの東南アジアの国々でも通信障害が発生。完全に修復するまでには数週間を要した。
台湾以外でも、海底ケーブルの問題は発生している。23年1月末時点でベトナムの海底ケーブルは5本中4本が使えない状態になっている。ベトナムの現地メディアは「現在もケーブル一本のみでインターネット接続を行なっているために、通信速度が大幅に遅くなって、経済活動にも大きな影響を及ぼしている」と報じている。
これらの事例が示すように、海底ケーブル切断は日本でも起きる可能性がある。しかも、それを意図的にできてしまうので非常に危険だ。
岸田政権もその危険性を認識しており、21年には国家的インフラ整備計画の「デジタル田園都市スーパーハイウェイ」を発表し、日本の海底ケーブル網を分散させる計画を明らかにした。
島国の日本は、海外からのインターネット通信を受け取るだけでなく、他の国にもつなげていく役割を担う。海底ケーブルは国境を超えたデータの往来を可能にする、世界的な公共設備と考えられる。ほぼ全ての利用者の利害が一致する重要なインフラであり、それぞれの国と人がお互いを信用して成り立っている。政府も民間もひっくるめて、利用者が自発的に責任を持ちながら管理していくべきものである。
台湾で起きた2本の海底ケーブル切断事件を対岸の火事と捉えず、日本の海底ケーブルの安全対策を改めて強化してもらいたい。海底のみならず、衛星を使った通信も強化すべきだ。インターネットが遮断されると、日本の経済やビジネスに多大なるネガティブなインパクトを与えることになりかねないのだ。
山田敏弘
ジャーナリスト、研究者。講談社、ロイター通信社、ニューズウィーク日本版に勤務後、米マサチューセッツ工科大学(MIT)でフェローを経てフリーに。
国際情勢や社会問題、サイバー安全保障を中心に国内外で取材・執筆を行い、訳書に『黒いワールドカップ』(講談社)など、著書に『死体格差 異状死17万人の衝撃』(新潮社)、『ゼロデイ 米中露サイバー戦争が世界を破壊する』(文藝春秋)、『モンスター 暗躍する次のアルカイダ』(中央公論新社)、『ハリウッド検視ファイル トーマス野口の遺言』(新潮社)、『CIAスパイ養成官 キヨ・ヤマダの対日工作』(新潮社)、『サイバー戦争の今』(KKベストセラーズ)、『世界のスパイから喰いモノにされる日本 MI6、CIAの厳秘インテリジェンス』(講談社+α新書)がある。
Twitter: @yamadajour、公式YouTube「SPYチャンネル」
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