阿波おどりの“1万5000円”VIP席が物議、100万円でも完売した青森ねぶた祭と異なる3つのポイント踊らにゃそんそん(3/4 ページ)

» 2023年07月19日 11時00分 公開
[高橋嘉尋ITmedia]

ターゲット設定なくして顧客満足なし

 前項では、顧客が納得する提供価値の重要性について述べました。しかし、そもそも顧客が製品やサービスに対して感じる価値の度合いは、顧客の属性によっても大きく異なります。年齢や年収、趣味嗜好が違えば、当然何に価値を感じ、いくらの対価を支払えるかは変わってくるものです。顧客セグメントを踏まえた適切なターゲティングなしで、価格と価値の妥当性を探り当てるのは至難の業といえるでしょう。

 22年の青森ねぶた祭では、来場者が100万人を超すなか、たった2組だけを対象にVIP席を展開しました。「祭りを通常とは違った角度で楽しみたい」という富裕層にターゲットを絞り、徹底した価値訴求を行った結果、想定通り県外在住の会社経営者などの購入につながったといいます。

阿波おどり 富裕層にターゲットを絞ったことで購入につながった(オマツリジャパンプレスリリースより)

 一方の阿波おどりでは、先述の通り過去に5000円で販売していた座席エリア・数をそのままVIP席として打ち出しました。これによりターゲットが、これまで特別席で観覧を楽しんでいた地元客なのか、はたまた少々高額でもせっかくならいい位置で見たいというニーズを秘めた観光客なのかが不明瞭な状態を作り出してしまい、結果として冒頭の「誰が買うのか」といった声につながっている印象を抱きました。

 価値に共感してくれる人は誰なのか、顧客ペルソナを適切に仮定しニーズに沿った設計を考えることは、顧客満足度を高め、結果として収益化にもつながります。それと同時に、本来のターゲットではない層からの不満や余計なハレーションの抑止にも効果を発揮します。自社の顧客がどんなセグメントに分かれているのかを的確に把握することは、プライシング戦略の第一歩だといえるでしょう。

うまいコミュニケーションが顧客の共感を呼ぶ

 顧客が価格に納得し購入に至るには、適切なコミュニケーションも重要なポイントです。青森ねぶた祭では、100万円という超高額席を売り出した理由を顧客に対してこのように説明しています。

 「プレミアム観覧席の設置により祭りの付加価値を高めて収益化し、地域経済や祭りの担い手に還元することで祭りの文化を守り発展させていくため」(オマツリジャパン)

 地域の祭りは高齢化や人手不足等の要因で存続が危ぶまれているケースが少なくありません。また、多くの場合は寄付や補助金に依存して運営しており、収益性の確保は大きな課題です。こうした課題意識を顧客と共有し、日本の文化や伝統を後世に伝えたいというビジョン(未来)への共感から、応援したい・自分のお金を役立ててほしいといったポジティブな思いを引き出す、実に「うまい」メッセージだと感じました。

 一方の阿波おどりでは今回の値付けについて、昨今の物価高騰に対応し赤字化を避けることを一番の理由に挙げ、VIP席の新設と同時に有料指定席でも200〜1200円の値上げを実施しました。

 青森ねぶた祭と同じく収益化を目的としている点では同じですが、伝える内容によって顧客が抱く印象は大きく違うのではないでしょうか。物価高騰による値上げというのは一見まっとうな理由ですが、そこには主催者の意志や思いが反映されておらず、顧客の前向きな共感や理解を醸成するハードルは自ずと高くなります。「自分には関係ない」とそっぽを向く顧客も現れかねないでしょう。

 これらの比較からも分かる通り、プライシングのコミュニケーションでは後ろ向きな理由だけではなく、ポジティブなメッセージを組み合わせることが効果的です。

 青森ねぶた祭のように、得られた利益を社会貢献に充てることで、祭りそのものの持続可能性につながるといった未来の見せ方や、値上げに代わる顧客のメリットを提示するなど、コミュニケーションの方法には工夫の余地があります。

 世の中的にも新しい「祭りのVIP席」は、価格の情報だけが独り歩きするとどうしても高いと思われてしまいがちです。その背景や理由について、顧客に対してポジティブな視点を入れながら、誠実にコミュニケーションすることは大切なポイントといえます。

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