賃金は上がっても「130万円の壁」は不変……経済を悪化させる政府の“怠慢”古田拓也「今更聞けないお金とビジネス」(2/2 ページ)

» 2023年10月06日 07時00分 公開
[古田拓也ITmedia]
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「130万円の壁」は一般労働者にも悪影響になる?

 この扶養控除に関する問題は、扶養するものを持たない多くの労働者にとって「自分には関係のないこと」と思われるかもしれない。しかし、このような「130万円の壁」があることは、一般の労働者にとってもマイナスだ。

 なぜなら、扶養控除制度の下で働く人々は、年収130万円以上の金額を稼ぐインセンティブがないため、多くのパートタイム労働者が最低時給でもパートタイム労働などに応募しやすい環境ができ上がり、企業にとっては賃金を上げなくても人が集まる状況になるからだ。つまり、130万円の壁は扶養控除を活用する労働者が労働に関する待遇であったり給与面の選択をあいまいにし、全体の賃金上昇を抑える要因となる可能性が理論上考えられるのだ。

 東京都の最低賃金では、130万円を稼ぐために必要な期間は、フルタイム労働でたった「7.3カ月」だ。つまり、扶養控除を受けようとする労働者の多くは、1年の半分近くを休まざるを得ない状況にある。働く動機が「短期でたくさんお金を稼ぎたい」という被扶養者しかいないのであればまだしも、被扶養者の働く動機にはお金を稼ぐ以外に「地域コミュニティーとのつながり」や「生きがいの発見」「家での孤独感からの脱却」といった非経済的な動機があることも珍しくない。このような動機の場合、時給が上がってしまうと、かえって家にいる時間が長くなり、自身の目的がむしろ達成できない可能性すらある。

 このようなメカニズムも最低賃金でも応募が集まる結果、全体的な賃金上昇のペースを緩やかにしてしまう一因なのである。

 身近な例でいえば「おばあちゃんが激安価格でデカ盛り料理を提供するお店」は、一般に心あたたまるエピソードとして歓迎されるものだが、資本主義的な観点から考えるといくつかの問題点が存在する。第一に、そのような価格破壊が発生するする地域に、利潤を追求するまともな同業他社が太刀打ちできなくなることだろう。また、デカ盛りのお店が廃業した後も、これまで激安で提供されてきた消費者は価値認識がゆがむことで、食材や労働に対する適正な評価が下せなくなるといったリスクもある。

 もっと極端な例でいえば、あなたが一生懸命に仕事をする隣で、大富豪が単なる生きがいのためだけに全部タダであなたと同じ仕事をやり始めたら、たちまちあなたはお払い箱になるだろう。これではたまったものではないと思うのではないだろうか。

 このように市場経済下において、経済的インセンティブ以外の動機が生まれやすい構造を放置すると、その市場に存在する通常の参加者にとってダメージを与えるという現象が存在する。

 扶養控除を活用したパート労働者が労働条件の向上や賃上げを強く要求する動機が生まれにくい制度のまま、労働市場に大量投入されることはまさに労働版の「激安・デカ盛り」というべきではないか。このゆがみは、企業がパートタイム労働者以外の新たな労働力を雇用する際にも賃金設定を低くする方向に作用するリスクが高く、労働者が新たな職を求める際の賃金交渉に悪影響を及ぼす可能性もあるといえる。

 現在の「年収の壁」は、過去の制度が現代の労働環境に合わせてアップデートされていない結果、多くの労働者たちが困難な状況に置かれている。今こそ、この古い制度を見直し、現代の労働者たちが公正に評価され、適切な報酬を得られるような制度へと変革する時期に来ている。

筆者プロフィール:古田拓也 カンバンクラウドCEO

1級FP技能士・FP技能士センター正会員。中央大学卒業後、フィンテックベンチャーにて証券会社の設立や事業会社向けサービス構築を手がけたのち、2022年4月に広告枠のマーケットプレイスを展開するカンバンクラウド株式会社を設立。CEOとしてビジネスモデル構築や財務等を手がける。Twitterはこちら


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