賃金は上がっても「130万円の壁」は不変……経済を悪化させる政府の“怠慢”古田拓也「今更聞けないお金とビジネス」(1/2 ページ)

» 2023年10月06日 07時00分 公開
[古田拓也ITmedia]

 コロナ禍と円安が招いた大幅な物価の高騰は、日本の一般家計における大きな悩みの種になっている。名目の賃金から物価上昇率を加味した実質賃金は足元で16カ月連続のマイナスとなっており、国民の実質的な所得は大きく削られている。

 そんな中、政府が10月から取り入れたのが「年収の壁」の見直しだ。この「年収の壁」は、主に所得税負担の発生する「106万円の壁」ないし社会保険料負担の発生する「130万円の壁」に分類される。家計を一にする学生や主婦などの被扶養者は、一定の壁とされる収入水準で所得税が発生したり、社会保険料に関する家計の負担が大きく増加したりするため、これらの金額を超えて収入を確保しづらいという問題が「壁」なのだ。

 政府は10月より「130万円の壁」について、被扶養者側に対しては連続2年までなら130万円の額面を超えても扶養にとどまれるとする方針を発表した。また、社会保険料を負担する企業に対しても補助金を支給して乗り切ろうとしている。

 しかし、そもそも「130万円の壁」は今よりもずっと最低賃金が低い時代に作られたボーダーラインで、物価も大きく上がっている今の時代でびた一文すら見直されていないという大きな問題点がある。今回は、その「怠慢」についても掘り下げていきたい。

最低賃金が1.58倍なら、130万円の壁は205万円にすべき?

 現代の働き手を取り巻く環境は「130万円の壁」という言葉が叫ばれるようになった2000年代初頭とは大きく異なる。当時は東京都の最低賃金が約700円という時代で、街の食料品や生活必需品の価格も今より圧倒的に安い状態だった。

 そんな東京都の最低賃金は23年に1113円まで上昇しており、2000年代初頭から58%もアップしている。にもかかわらず130万円の壁は130万円のままだ。

photo 画像はイメージです(提供:ゲッティイメージズ)

 「最低賃金」は一般に、生活費や家賃などを含めた物価の上昇度合いも含めて総合的に判断される指標である。日本における年金制度も、「物価スライド方式」といい、物価の変動に応じて公的年金の給付額を改定するシステムが存在する。

 しかしながら、扶養控除における「130万円の壁」は物価を全く考慮していない。いくら最低賃金が上がったとしても、稼げる上限の額が一定であれば、労働者は年々働く時間を短くすることでしか対処できなくなる。

 政府や関連機関は、この問題への対策を打ち出してはいるが、冒頭で紹介した通り短期的な補助金や助成金、数年間のみ超過を許容するなどと、多くは表面的なものにとどまっており、物価に応じた額面への対応という本質的な問題解決には全くつながっていないのが現状だ。

 このような扶養に関連する制度自体は、日本の税制や社会保険制度が確立する前から存在していたといわれているが、通常は時代とともに額面周りはアップデートされてきたはずだ。例えば、大正時代の教員における初任給がおよそ「70円」だった。仮に扶養に関する制度が物価の上昇に応じてアップデートされていなかったら、現代でも「年収1000円の壁」などといわれていたことになるだろう。

 すでに年金をはじめとした数々の制度が物価変動を考慮した内容で運用できているのであれば、扶養控除の上限額面を物価に応じて調整しないのは単なる政府側の怠慢といってよいだろう。最低賃金が1.58倍になったのであれば「130万円の壁」もそれに応じて「205万円の壁」にして初めて、2000年代当初と実質的に同じ収入を得ることができる。

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