「批判もあったが実行した」 比叡山延暦寺、8年間のDXの取り組み伝統とデジタル(4/4 ページ)

» 2023年10月10日 08時00分 公開
[伏見学ITmedia]
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業務改革で「アナログ」からの脱却を図る

 延暦寺が推し進めたのは、対外向けの取り組みだけではない。組織内の業務改革にもデジタルの力を生かそうとした。背景には紙中心の「アナログ」文化からの脱却がある。伝統を重んじる寺院の特性上、今でも筆で文書を縦書きし、それを回覧するような場面も少なくないという。ただし、そうした風習があるからといって、一般業務の全てに紙の非効率性を押し付けるわけにはいかない。

 そこで、その状況を変え、デジタルによる業務効率化を図ろうと、2年ほど前に導入したのがビジネスチャット「elgana」である。従来は職員同士の情報共有も紙ベースだったため、時間がかかったり、タイムラグが生じたりもしていた。

 チャットによるスピーディーなやりとりが可能になったことで例えば、業務連絡なども一斉に部内共有されるようになった。チャットで送信したメッセージが読まれると「既読マーク」がつくため、情報伝達の状況が一目瞭然である。職員だけでなく役員のコミュニケーションに対する意識も変わり、できるだけ早く返信が来るようになった。

 さらに、23年春には勤怠管理システムを導入し、ICカードでタッチするだけで出退勤時刻を記録できるようにした。勤怠も以前は各自が押印するなどし、それを総務部が取りまとめていた。

 「時間はかかっているけど、徐々に業務にデジタルツールが入ってきて、それが活用されるようになった実感はあります。勤怠管理システムを導入できたのも大きな進歩です」(小鴨氏)

広大な延暦寺の敷地内

 各業務でツールを導入したことの副次的な効果として、延暦寺エリアの通信インフラの整備が進んだ。電子チケットやビジネスチャットなどのシステムを使うためには、当然インターネット回線が必要だが、実はWi-Fiが全エリアに設置されていなかった。

 主要境内地だけでも南北4キロメートルにも及ぶ広大な山中にインターネット環境を整えるのは容易ではなかったためだ。加えて、モバイル回線もキャリアによっては電波が入らないものもあり、職員たちは不便を被っていた。

 とはいえ、いきなりWi-Fiを大規模に導入するといっても稟議は通らない。そのためにも新しい業務ツールや参拝客向けのサービスが今の延暦寺に不可欠であるという“ファクト”を作ることが先だった。それを実現したことで、今まさにインフラ整備が進みつつある。

お坊さんが本業に集中できるように

 このように、デジタル化のメリットは生まれている。ただ、延暦寺が目指すゴールはデジタルツールを入れることではなく、参拝客の利便性向上や、働く人たちの業務負荷低減にある。具体的には、無駄な作業をなくして、延暦寺の僧としてやるべき本来の役目に時間を割いてほしいという願いがある。

 「もっとお坊さんの仕事に特化できるように、無駄なことは省きましょうと。デジタルで効率化して、本業に集中できるようにするのが本来の目的」(小鴨氏)

デジタル化で無駄を省くことで、延暦寺の僧としての役目を果たしてもらいたいという

 1200年以上も続く延暦寺の伝統を守る。そのために僧としての修行や学問はおろそかにできない。興味深かったのは、僧に自覚や緊張感を与えるためにデジタルツールを使うこともあるということだ。その代表例が伝統法要である「山家会 曼荼羅供法要」を2019年4月にYouTubeで生配信したことだろう。

山家会 曼荼羅供法要

 「批判もありましたが実行しました。もし声明(しょうみょう)や立ち振る舞いが間違っていたら世界中にそれが配信されることになる。嫌だったらもっと練習しなさいよと。そうした高い意識を持ってもらうことが狙いでした」(小鴨氏)

 延暦寺ならではのデジタル活用ではあるが、例えば、プレゼンテーションを生中継するなど、企業でも生かせる部分はありそうだ。

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