トヨタの未来を全部見せます池田直渡「週刊モータージャーナル」(6/6 ページ)

» 2023年10月16日 09時40分 公開
[池田直渡ITmedia]
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工場の景色を変える

 他にも可能性がある。例えばセンチュリーの匠工房のようなハンドメイドの工芸品的装飾パーツや、GRヤリスやGRカローラのような、手作業の高精度組み付けを、工程の間に挟むことが簡単にできるようになる。つまり必要な部分だけワンオフ的なスペシャルメイドの仕様をライン生産のクルマに設定できる。それは110年前にフォードが確立した流れ作業の時代の刷新を意味している。自走ラインの可能性はトヨタ自身が言うように「工場の景色を変える」ことになるだろう。

 以下、筆者の想像ではあるが、未来のトヨタの工場の姿である。ユーザーがディーラーで契約をすると、その仕様が全て記載された組み立て仕様書がデジタル上でできる。

 AIは、顧客の指定する納期(例えば下取り車の車検タイミングなど)を織り込みつつ、最も短時間、かつ工場の効率を高く保ったまま生産できる組み立て手順を、1台ごとに生成する。車両は基礎組み立てラインでアンダーボディが完成すると、それぞれの車両が必要とする仕様ごとに、必要な工程を全体最適化された手順に応じて自走で回っていく。工程の数も回る順も全てオンデマンドで変更される。

 仮にどこかの工程でトラブルが発生したら、それを一度スキップして今組み付けられる部品の組み付けに回る。こうして工場内での製造ラインでの滞留時間を短縮すると共に、輸送や販社での滞留時間も全て考慮に入れた生産を行うことで、仕掛かり在庫費用を大幅に削減できる。仕掛かり在庫費用とは、例えば車両1台分の部品仕入れの発生から、完成車を売って現金化するまでの間の一時負担費用のことで、これが減れば運転資金が削減できる。

 と気がついたら、自動化の話ばかりになっているので、少し軌道修正したい。AI化された自走ラインのポテンシャルとは、カイゼン余地の拡大にある。それはまさにトヨタの得意とする領域だ。設備というハードウェアの束縛から解放されて、自由な創意工夫が加えられるようになることだ。

 だがしかし、AIや自動システムは、新しいものを生み出せない。カイゼンは人からしか生まれないのだ。腐った豆を食ってみて納豆を生み出したり、ふぐを死なないように食えるようにするなどというチャレンジは人間特有のものである。だからトヨタの今回のシステムは先に述べたように「デジタルとアクチュアル(現場)」と表現する。現場で創意工夫された職人の技術を、デジタルで素早く無限に繰り返せるようにする。なんなら名人が10回に1回しかできないことでも、それをコピーしたロボットは何回でも繰り返せる。

 そうしてデジタルの世界で行われていることを現場(アクチュアル)が再検討する。言ってみれば名人とロボットの円卓会議が、可能性をスパイラルに昇華させていくようなイメージである。そのためには、必要以上の省力化を進めるわけにはいかない。人がノウハウを構築し、作業を理解し高めていくための教育も途切れずに進めていかなくてはならない。「機械に仕事を奪われる」――それは産業革命の時代からずっと続く人と機械の対立軸だったが、この構想ではそれぞれが役割を与えられ尊重される形になっている。

 さて、トヨタの未来。全てはまだ構想段階であり、本当にそうなるかどうかはこの先を見てみなくては分からない。ただ、筆者は今回のものづくりワークショップを見て、デジタルの時代の人の働き方に明るい未来を感じた。これを読まれた読者の皆様にそれが伝われば良いと願って筆をおきたい。

プロフィール:池田直渡(いけだなおと)

 1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(カー・マガジン、オートメンテナンス、オートカー・ジャパン)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミュニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。

 以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う他、YouTubeチャンネル「全部クルマのハナシ」を運営。コメント欄やSNSなどで見かけた気に入った質問には、noteで回答も行っている。


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