ジョブズは10年かかったのに……アルトマン氏がOpenAIに“爆速復帰”できたシンプルな理由古田拓也「今更聞けないお金とビジネス」(2/2 ページ)

» 2023年11月24日 07時00分 公開
[古田拓也ITmedia]
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現経営陣はChatGPTに事前相談すべきだった?

 現経営陣の肩を持つわけではないが、もしかすると現経営陣だけが知っているアルトマン氏のCEOとしての不適格性もあったかもしれない。

 しかし、コミュニケーションを重視せずにいきなり会社の顔をクビにしてしまうことについて、自社のプロダクトであるChatGPTに相談していたら、今回のような騒動には発展しなかったかもしれない。

 筆者がChatGPTに、特に前提条件を加えずに「会社の顔であるCEOを取締役会がいきなり解任するとどうなりますか?」と聞くと、ChatGPTの回答は今のOpenAIをめぐる顛末をぴたりと言い当てた。

 ChatGPTは、CEOを突然解任するリスクに関する質問の回答として「組織内の混乱」「株価の変動」「信頼の損失」「社内外のステークホルダーとの関係悪化」「才能流出」という悪影響を挙げている。

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 まず、組織内の混乱や才能流出については冒頭の署名運動にもある通りである。株主のマイクロソフトにも事前相談がなかったことで、危うくアルトマン氏をはじめとしたOpenAIのメンバーのほとんどを同社にヘッドハンティングされ、OpenAIは組織として骨抜きにされるところだった。

 続いては株価の変動について。OpenAIは非上場企業であることから株価の変動自体は確認できないが、従業員のほとんどに辞められてしまえば企業価値の大半を失うことは火を見るよりも明らかだ。

 また、アルトマン氏が率いるユニバーサルベーシックインカム(UBI)を実現するためのプロジェクト「ワールドコイン」のトークン価格が一時20%近く急落したことにも注目しておきたい。

 ワールドコインは、AGI(汎用人工知能)がもたらした収益を、暗号資産を用いてベーシックインカムとして人類に還元することを目標に、同氏が率いているプロジェクトだ。

 しかし、アルトマン氏が解任されてしまえば、OpenAIの収益がワールドコインのベーシックインカムのために使われなくなる可能性が高く、プロジェクトの先行きが危うくなるという懸念が価格急落を招いたのだ。

 現経営陣は、アルトマン氏を解任する前に少しでも自社のAIに相談していれば上記のような悪影響を被らずに済んだのかもしれない。

ジョブズもAppleをクビになったことがある

 今回の解任騒動は、過去にスティーブ・ジョブズ氏がAppleのCEOを解任された後に復帰した事例と類似している。

 ジョブズ氏は、1976年にスティーブ・ウォズニアック氏と共に米アップルを設立したが、85年に他経営陣からMachintoshの過剰在庫による赤字決算の責任を追及される形でCEOを解任され、同社を去った。しかし、ジョブズ氏退任後のアップルは次世代OSの設計で頓挫し、96年には経営危機に直面してしまう。

 ジョブズが復帰すると、同社は製品ラインを簡素化するとともにiPod、iPhone、iPadなどの革新的な製品を市場に投入し、業績はV字回復。デザインとユーザー体験に重点を置いた製品戦略を打ち出し、アップルをテクノロジー業界のリーディングカンパニーへ復帰させた。

 ジョブズ氏自身は解任された期間を、自身のクリエイティビティ―を養成する大切な期間であったと回顧していることもあり、この騒動はいわば怪我の功名として語り継がれている。

 ジョブズ氏が解任されてから復帰するまでには10年以上の月日がかかった。しかし、アルトマン氏が復帰するまでに長い時間がかからなかった背景にはいくつかの理由がある。

 ジョブズ氏の事例では、解任直前に大規模なレイオフに踏み出していたこともあり、同氏が解任されても従業員がジョブズ氏を守るようなムーブメントは特に起こらなかった。従って、その後にアップルが経営危機に瀕することなく順調な経営を続けていたとするならば(その後に世界一の時価総額を誇るかは別として)ジョブズ氏が再びAppleのCEOに返り咲くことはなかったかもしれない。

 その一方で、アルトマン氏の事例では、OpenAIはそもそもAGI技術を、自社における利益や時価総額を釣り上げるためではなく、人類の利益として還元することを目的とした非営利団体として設立されたことが大きいと考えられる。

photo サム・アルトマン氏(6月撮影:武田信晃)

 OpenAIを構成するメンバーも、お金を得ることが働くモチベーションというより、OpenAIが社会の公器として世界をより良くするという点に強く共感している可能性が高い。ChatGPTは、米フェイスブックの「Thread」を除外すれば史上最短で1億人のユーザーを獲得したツールである。誰もがアルトマン氏のカリスマ性を疑わなかったことも、復帰の早さに関係しているだろう。

 制度上可能だからといって、道理を無視すると批判の対象になることは、転売ビジネスや商標の横取りといった事例でもよくみられる。AIと人間が対立する昔のSF作品では、人間だからこその機械的ではない判断力によって機械を打ち破るといったストーリーが一般的だ。しかし今回の事例は、OpenAIのような有名企業の上層部でも、機械的な判断を下してしまう危険性を示唆している。

 ただし、このような解任騒動がきっかけで、OpenAIのビジョンが世界中に広く知られることになった可能性もある。そうした点でみれば、結果論ではあるが、本件はOpenAIにとって社のビジョンを知らしめる最高の機会だったのかもしれない。

筆者プロフィール:古田拓也 カンバンクラウドCEO

1級FP技能士・FP技能士センター正会員。中央大学卒業後、フィンテックベンチャーにて証券会社の設立や事業会社向けサービス構築を手がけたのち、2022年4月に広告枠のマーケットプレイスを展開するカンバンクラウド株式会社を設立。CEOとしてビジネスモデル構築や財務等を手がける。Twitterはこちら


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