日本製鐵のUSスチール買収、円安なのになぜ? 「数千億円の損失」リスクも古田拓也「今更聞けないお金とビジネス」(2/2 ページ)

» 2023年12月22日 07時00分 公開
[古田拓也ITmedia]
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空前の円安なのに、なぜ海外企業を買うのか

 米国の中央銀行が金融引き締めの手を緩めることによるドル安、反対に日銀の金融引き締めによる円高リスクが現実味を帯びている。また空前の円安相場である今のタイミングで、海外の企業をM&Aする必要性は果たしてあるのかと疑問に思っても不思議ではない。

 しかし、23年はアステラス製薬のアイベリック・バイオ、キリンホールディングスのブラックモアズ、セガサミーホールディングスのロビオをはじめ、あえて日本企業が海外企業の巨額M&Aを行う例が相次いでいる。その狙いはどこにあるのか。

 国内企業にとって、海外市場への進出は急務だ。内需の鈍化や国内市場の成熟に直面している日本企業は、新たな成長機会を外国市場、特に新興国市場に求めることが多い。そして為替リスクについては、短期的な為替レートの変動よりも、長期的な企業価値の向上や戦略的な位置付けを重視することが一般的だ。円安がこのまま継続すれば、為替レート上で多少割高に買ったとしても、海外で得られる収益を円に換算する際に収益が増大するため、円高リスクを相殺し得るという考え方だ、

 しかし、今はさすがにタイミングが悪すぎないのだろうか。仮にこのまま米国の政策金利と日本の政策金利差が縮小すれば、大幅な円高へのゆり戻しが懸念される。仮に、日米金利差がコロナ前まで収束し、ドル円相場が110円程度まで円高にふれたと仮定した場合、日本製鐵が潜在的な円高リスクによって被りうる損失ないし逸失利益は4600億円に達する可能性がある。

 もちろん、為替ヘッジなどの防御策を取ることが考えられるものの、そのようなヘッジ施策にも巨額な費用がかかるし、円高になれば円建て換算で数千億円も安く買収できるのであれば、それまで待つか、スルーしても良い案件だったのではないかというのが筆者の立場だ。

それでも日本製鐵がUSスチールと組みたいワケ

 実は日本製鐵は、USスチールが以前身売りを検討していた8月の時点では否定的な立場を表明していたが、ここに来て手のひらを返した。ちまたでは中国市況の減速懸念や地政学リスクによる鉄鋼需要の高まりを見越したのではないかという声もあるが、たった4カ月で判断が180度変わる要因としてはやや心もとないのではないか。

photo 日本製鐵「U.S.Steelの買収について」説明会資料より

 日本製鐵の橋本CEOは、買収について今後も丁寧に対話していく姿勢を表明した。買収の実現に向け、利害関係者への十分な説明が求められている。買収金額は約2兆円と過去最大級。資金は三井住友銀行などからの借入金や増資で賄われるとみられているが、現段階では不確定要素も多い。

 21日には米民主党の議員3人がバイデン大統領に対し、日本製鉄による米USスチール買収を阻止するよう要請するなど政治的な動きも観測されており、政権による判断でそもそもM&Aが成立しない可能性もある。

 それでも日本製鐵がUSスチールを買収できた場合、その先の展望は、日本製鐵がグローバルな鉄鋼市場における自社のポジションを大きく強化することができるかにかかっているだろう。USスチールの広範な市場アクセスと生産能力が日本製鐵の技術力と組み合わされることで、より競争力のある事業体が誕生する可能性があることも確かだ。

 総じて日本製鐵のUSスチール買収は、経営統合に伴うPMI(ポスト・マージャー・インテグレーション)といった一般的な苦難だけでなく、目下懸念されている大幅な円高への対処や日米の政治的な関係に対しても十分な配慮が必要であるといえよう。これらの点も踏まえると、今回の買収は、M&A史に残る難しい一件になりそうだ。

筆者プロフィール:古田拓也 カンバンクラウドCEO

1級FP技能士・FP技能士センター正会員。中央大学卒業後、フィンテックベンチャーにて証券会社の設立や事業会社向けサービス構築を手がけたのち、2022年4月に広告枠のマーケットプレイスを展開するカンバンクラウド株式会社を設立。CEOとしてビジネスモデル構築や財務等を手がける。Twitterはこちら


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