豊田社長の“あの時の話”を詳しく明かそう 2023年に読まれた記事池田直渡「週刊モータージャーナル」(2/4 ページ)

» 2023年12月25日 07時00分 公開
[池田直渡ITmedia]

踏み込んだ話が聞けるサーキット取材

 取材はいわゆるラウンドテーブルと呼ばれるもので、数名の記者が取材対象と同じテーブルについて、フリートークでいろんな質問をする方式だ。もちろんサーキット以外でも類似の取材は時折行われるが、筆者が毎回サーキットに行くのは、普段と比べて長い取材時間が与えられるからだ。

 多忙なVIPは分刻みのスケジュールで動いているので、普通の囲み取材など本当に一瞬。ラウンドテーブルにしても限られている。ところがサーキットに行くとこの時間の感覚が変わる。次の仕事がないからだ。だから時間をたっぷり使って、かなり踏み込んだ話ができることがある。ましてや海外のサーキットとなれば、帰らなければならない時間もない。なおさらである。

 そういう中で、腰を据えた取材ができたわけだが、その時、豊田社長が衝撃的な発言をしたことを、かなり思い切って記事にしたものだ。たった1年前のことだが、あの時は今よりトヨタに対しての風当たりが強かった。拙書『EV推進の罠』の共著者である元内閣官房参与の加藤康子さんによれば、この記事が異様にバズったことで、永田町は結構な大騒ぎになったらしい。

 余談だが、加藤さんの実父は元農林水産大臣の故・加藤六月氏。義弟は「グリーン成長戦略」に大胆に舵を切った菅義偉内閣当時の官房長官、加藤勝信氏だ。もちろん彼女はどこから聞いたとは言わないが、加藤さんが聞き出してくる話は筆者の取材感触と全くの別物で、与党中枢の人たちは「政府はすでに、トヨタとはEVへ全振りで握れている」と言い続けていた。

 彼女の基本的立ち位置は「産業振興」にあり、製造業こそ国の基盤と考えている人だ。筆者とはその意味において立場は一緒なのだが、自身で仕入れてきた情報によるとトヨタは製造業を蔑ろにしてグリーンとデジタルに転身しようとしているのではないかという疑念を持っていた。つまりトヨタ裏切り説である。その疑念はかなり強く、加藤さんには「池田さんトヨタにダマされているんじゃない」とまで言われた。

 バカ言っちゃいけない。こっちがどれだけの回数、トヨタの上層部や開発のいろんな人に取材していると思っているんだと、加藤さんとはたびたび口論もした。別にトヨタの考えを政府に代弁してあげる義理はないが、それ以前に、一ジャーナリストとして、納得いくまで調べて出した結論に、根拠もなく疑義を挟まれるのは決して気分の良いものではない。「聞く気がないならそれでいいから、永田町の噂話に基づいたあなたの自説を押し付けるのはもうやめてくれ」とも言った。何度も相互に決して折れない白熱の議論を重ねた上で、自工会の会見動画のURLをあるだけ全部送りつけて、自分の目で見てもらい、その意味を説明してやっと彼女も腹落ちした。なかなかに面倒臭かった。

 さて永田町の人々の真意の本当のところは分からないが、自工会の豊田会長の会見の冒頭部「政府のお決めになったこと(2050年カーボンニュートラル)には全力で当たりますが、多様な選択肢が……うんぬん」の頭のとこしか聞いてなかったのではないかと筆者は思っている。だとしたらコミュニケーションが雑すぎる。

 苦労の甲斐あって、ようやく腹落ちした加藤さんは永田町と霞ヶ関に「ミスコミュニケーションが起きている」と口を酸っぱくして言って回った。面倒臭い人の面目躍如、さすが政治家一族の血を引くだけあって彼女の馬力もスゴいが、政治家と官僚の頭の硬さも大概だ。当初、彼らは「加藤さんがまたわけの分からない空回りをしている」と聞く耳を持たなかった。が、それからしばらくしてのこの記事である。加藤さんの諌言(かんげん)と符合する記事が出たことで、永田町でも霞ヶ関でも風向きが変わった。

 それはそうだろう。トヨタの今期見通し営業利益4兆5000億円はドル換算で約310億ドル。世界各国の税収ランキングに重ねると、11位オランダの363億ドルと12位スウェーデンの232億ドルの間に入る。最悪その大半が流出するとなれば、慌てふためいてもらわねば困る。

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