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活躍する若手は「何のため」に働いているのか 「会社のため」ではない(4/4 ページ)

» 2024年01月17日 16時15分 公開
[小林祐児ITmedia]
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向社会的行動の少なさ

 さて、社会への積極的な志向性であるソーシャル・エンゲージメントが高いことが、多くの成果にポジティブな影響を与え得るということを傍証してきたが、国際的に見ると日本人は「社会」的なものへの感度や関心が低いことが、いつかのデータで示されてきている。例えば、日本財団の若者への国際意識調査によれば、「自分は責任がある社会の一員だ」といった意識や「自分の行動で、国や社会を変えられる」と思う日本の若者は、各国と比べてかなり少ない。

photo 図6:若者の国や社会に対する意識

 ボランティアや地域活動など、社会的な活動への参加率も、日本は低いことが知られている。つまり、相対的な意味でソーシャル・エンゲージメントが高い人が「貴重」な存在である国ということだ。貴重だからこそ、「社会のために働く」といった回路を開くことができた就業者が、ウェルビーイング(Well-being)やパフォーマンスが目立って高くなるという事態が現れるとみることもできよう。

 一方で、先ほど紹介した図6で「国や社会に役立つことをしたい」と思う日本の若者は、他国と比較して低いものの、それほど差は大きくない。これは、潜在的な社会貢献への欲求が眠っているようにも見ることができる。例えば就活の現場を観察していても、「社会のために貢献できるような仕事がしたい」という力強い思いや夢を持っている学生に出会うことは多々あるだろう。

ソーシャル・エンゲージメント概念の意義

 筆者は、こうした社会への志向性にフォーカスするエンゲージメント概念を提起する意義は、以下のような意味で大きいと考えている。

 まず、ソーシャル・エンゲージメントというコンセプトはパーパス経営やCSV(Creating Shared Value)経営など、企業の社会的な側面を重視するトレンドにとって重要である。このコンセプトを用いることで、社会的責任や社会課題への貢献の追求と、個人や組織のパフォーマンス向上をつなぐ論理が開かれる。そうした活動などにしばしば向けられる「会社として何の意味があるのか」という疑問に対して、「従業員の社会への志向性を喚起することが、結果的に、一人一人の思考の広さや成果につながっていく」というロジックで説明することが可能になる。

 同様に、昨今注目される「ウェルビーイング」についても、個人の心理的な幸せという「個」の単位に閉じがちな議論を、「社会」という回路を経由することにより、より多くのトピックとの接点を増やすことができる。例えば、従業員のウェルビーイングをいかに高めるかという点について、「マインドフルネス」などの個人的・かつ単発的な介入ではなく、プロボノや地域での課題解決学習のような社会性の強い活動によってウェルビーイングとパフォーマンス向上を両立可能になることが明らかにできるだろう。ソーシャル・エンゲージメントを高めることが、その媒介として役に立つことが検証できれば、ウェルビーイングを高めるための施策の幅は大きく増える。

 働く個人にとっても、「会社に人生を捧げる」ことの意味が見えにくくなっている時代の中で、「自分がなんのために働くのか」という難しい問いに悩む者は多い。そうした「お金のため」「会社のため」でもない、「社会のために働く」ということを考えるヒントを与えるものだ。こうした意味で、ソーシャル・エンゲージメントは、これからの資本主義を考える上での一つの重要な指標になり得るものである。持続可能な社会を実現していくことと、企業が行う営利活動とそのパフォーマンスを具体的に「つなぐ」ものであるからだ。

 一方で、国際的に比較すればソーシャル・エンゲージメントが相対的に低いと思われる日本社会においては、この概念そのものが実感を伴って理解されにくいかもしれない。残念ながら、社会への貢献や社会課題の解決といったトピックに対して、非ビジネス的な「青臭さ」や「リアリティのなさ」を感じる感性は、この国のビジネスパーソンに広くまん延しているように思われる。国際的に見ても「社会」に対する思考や行動が低い日本において、このコンセプトのポテンシャルをどこまで引き出せるか、われわれも探求を続けていく予定である。

まとめ

 本プロジェクトは、定性的・定量的なリサーチを通じて、就業者のウェルビーイングやパフォーマンスにポジティブな影響を与えるものとして、「ソーシャル・エンゲージメント」という新しいコンセプトを提起した。このエンゲージメント概念は、これまでの「仕事」や「組織」へのエンゲージメントでは捉えられない領域を照らすものであると同時に、パーパス経営や社会貢献活動といった、企業が社会性を持つことの意義を再照射できるコンセプトでもある。一方で、国際的な比較からは、そうした社会への志向性が日本においては貴重な心理的資本であることも示唆される。

 「会社」や「金銭」「顧客」のためだけではなく、「社会」のために働くということ。このことの意味を正確に捉えることは、これからの個人のキャリアはもちろん、持続的な社会の構築と営利的活動をいかにして両立するかという難しい課題について、新しい議論の扉を開くものである。

小林 祐児

パーソル総合研究所シンクタンク本部上席主任研究員。NHK 放送文化研究所に勤務後、総合マーケティングリサーチファームを経て、2015年入社。労働・組織・雇用に関する多様なテーマについて調査・研究を行っている。専門分野は人的資源管理論・理論社会学。新著『リスキリングは経営課題』では、従来の発想を乗り越えるべきという提案にはじまり、リスキリングを現実的に進めるための仕掛けや仕組み、方向性について、各種データをもとに論じている。

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