CxO Insights

現地取材で見えてきた「イスラエルAIベンチャーの今」 データ駆動は社会をこう変える

» 2024年01月17日 10時30分 公開
[平野貴之ITmedia]

 イスラエルはセキュリティ企業を中心に、世界有数のベンチャー大国だ。私はイスラエルビジネスのパイオニアとして、2001年からイスラエルのハイテクスタートアップへの支援事業を始め、20年以上にわたって同国のテクノロジーベンチャーの萌芽に関わってきた。今回は、イスラエルの最先端AIテクノロジーと、「AIとデータ」における動向予測について、考えてみたい。

 23年12月にガザとの戦闘が続くイスラエルを訪問した。実はガザから71.3キロ離れたイスラエルの商業都市であるテルアビブでは、ほぼ日常と変わらない光景が広がっている。ただ、テルアビブの空港には、拉致された人々の写真が飾られていて、それはとても心が痛む光景だった。各所に避難用シェルターの場所が掲示されていて、緊張感が漂っている。

 だが一方で、イスラエルではガザや爆撃といったキーワードで報道されることも多いものの、実はイスラエルビジネスが従来通りにきちんと機能していることを申し上げたい。

 それでは今回訪問した企業を追っていこう。

photo テルアビブの空港には、拉致された人々の写真が飾られていた

患者モニタリングシステムを提供する「医療AIスタートアップ」

 Biobeat社は、イスラエル発の患者モニタリングシステムを提供している最先端医療AIスタートアップだ。

 患者の健康状態管理・早期警告ツールとして、スコアリングシステム「MPRT-WS(マルチパラメーターリアルタイム警告スコア)」を開発した。臨床試験において唯一、品質効果と安全性が確認されているシステムであり、特許、FDA承認も得ていて、この点において米Apple社の「Apple Watch」(アップルウォッチ)より優れたシステムだといえる。

 スコアリングシステムは、本体の大きさがアップルウォッチとほぼ同様で、非常にコンパクトだ。本体に付属しているパッチ(光電式センサー)を胸部に装着するだけで、瞬時に血圧・心拍数・呼吸数・酸素飽和度・体温・心拍出量・血管抵抗など13個のバイタルサインを最大72時間にわたって収集し、管理できる。健康状態の悪化リスクも「Low」「Medium」「High」「Urgent」の4段階に分けて、フラグ式でAIが管理するという。

 このような機能を実装することによって、介護士や看護師など人手不足の解消や病院側の負担を軽減し、ひいては患者のQOL向上につなげられる。なぜなら人の手を使って測定していたものを、テクノロジーの力で代替できるからだ。退院後の在宅モニタリング、在宅入院、遠隔患者モニタリングなどでも利用できる。今後、病院や介護市場で活用されれば、それこそ“ゲームチェンジ”が起こるほどの代物だ。

photo Biobeat社は患者の健康状態管理・早期警告ツールを開発

食品の腐り度合いを正確に検知

 次は、赤外線の領域で、画期的なセンサーを開発しているTodos Technologies社を見てみよう。最近では、食品ロスを減らす取り組みとして、果物の生産現場から販売までの全てのプロセスを「GMOSエチレン・ガス・センサー」と、AIテクノロジーを合わせて提供している。

 現在は食品ロスにより、野菜や果物の数十パーセントが廃棄されているのが実情だ。GMOSエチレン・ガス・センサーは、果実が新鮮かどうかの状態を感知できる。エチレンなどのガス濃度を10億分の1単位で検出し、食品の食べごろや腐り度合いを正確に検知。青果物の鮮度レベルを監視して、廃棄を防ぎながら食品の鮮度を長持ちさせることができるのだ。

 従来のエチレン・センサーよりもはるかに低コストで高感度・高選択性を実現した新しいガス検知システムであり、最先端の研究成果である「ディープテック」のイノベーションを実証しているといえる。

 日本国内の「食品ロス」は、年間522万トンといわれている(厚生労働省のWebサイトより)。世界中の飢餓に苦しむ人々に向けた世界の食料援助量(年間約420万トン)を、まだまだ大きく上回っている状況だ。大切な資源の有効活用や環境負荷への配慮から、「食品ロス」を減らす必要がある。

 このセンサーの活用は、食品ロスを減らすAIシステムとして注目すべきだ。実際に低温輸送・貯蔵市場でも活用されている。

photo ノーベル賞を輩出しているテクニオン大学(イスラエル工科大学)を訪問した際の写真

セキュリティAI音声アプリ

 Relyon.ai社は、人身の安全とセキュリティ強化のために、同社によれば世界初の最先端セキュリティAI音声アプリ、プラットフォームを開発した。緊急事態や危険な環境下での制御強化、迅速な救出対応を可能にする最先端の安全ソリューションを提供している。

 事故や暴行は数秒間で発生する可能性があり、用心深い人でも不意を突かれれば逃れられない。迅速かつ効率的に行動することによって、結果に大きな違いが生まれる。緊急実態発生時、Relyon.aiアプリで事前に設定した合言葉を言うだけで、即時にAIが自動的に携帯電話で一連の救援アクションを開始。事前に設定した連絡先に電話をかけ、AIによる高度な分析がされた位置情報がリアルタイムで相手に送信される。アラーム音が鳴り、リアルタイムで現場の状況がデータとして記録される。

 騒がしい環境の中でもAIと音声の掛け算により、利用者の声のみを認識する優れた技術だ。個人の安全を確保する用途ではあるものの、各分野向けにカスタマイズ設定もできる。災害救援や従業員の安全を確保する場面での活躍も期待できるだろう。

 今後は顔認証よりも、プライバシーが強化された音声認証の時代が到来する可能性も十分にある。

photo 顔認証よりも、プライバシーが強化された音声認証の時代が到来するか(Relyon.ai社のメンバー、右は筆者)

イスラエル政府からも調査依頼 映像から信ぴょう性を確認

 Revealense社は、人間のバイアスとAIシステムの働きに基づき、映像情報から人間のストレスレベルを計測するテクノロジーを開発した。このテクノロジーは、微かな顔の表情をAIによってビデオで分析するものだ。相手の認知、感情、まばたき、声、ボディーランゲージなどの人間的要素(human factors)を、AIシステムによってデータ計測したり、分析したりするCRD(クロス・レファレンス・データ)の特許を有している。実例は以下の通りだ。

(1)映像の信ぴょう性確認の実例

 23年10月7日に イスラエル南部キブツの家から12歳と16歳のヤギル兄弟が、ハマスに拉致された。11月9日にハマスが16歳のヤギル・ヤコブ君のプロパガンダビデオを投稿。映像の信ぴょう性を確認するために、イスラエル政府からRevealense社に調査依頼があった。

 同社は、ヤコブ君の声のトーン、顔のミクロな表現、ストレスを解消するためのまばたきのタイミング、色素沈着の変化時の感情などデータをもとに情報を分析。結果、投稿されたビデオ映像は、AIによる合成映像ではなく、本物であることが判明した。この結果から、ヤギル兄弟が生存していると判断したのだ。その後、11月27日にヤギル兄弟が無事にハマスから開放された。

(2)HR分野におけるストレス計測の実例

 ストレスチェックをマニュアルオペレーションとして実行しているイスラエスのスタートアップは多い。Revealense社は、AIによって人間の表情、声の変調、ストレスレベルを分析。新規に採用する候補者の適応性や社員のストレス度を計測している。

 イスラエルでは、HR部門が1カ月に1度、全社員へアンケート調査のメール送信やインタビューをしているとよく聞く。この技術を利用することによって、カメラ付きのパソコンから社員が質問に回答する際の表情の変化を捉え、社員のストレス度をチェックできる。AIによる感情・ストレス分析を定期的に実施することによって、チームの士気、社員一人一人のストレスレベルや職場環境の状況を意識し、ケアしていくことで、採用バイアスの低減、多様で包括的なチーム構築、従業員の定着率の向上や、生産性向上へつなげる狙いだ。

 「AIx心理学x数学」の原理に基づいた高度なAIによる感情的アイデンティティ検証(Emotional Identity Verification)をし、従業員のストレスレベルを計測。金融機関におけるユーザーの心理要求分析、ディープフェイク映像の信ぴょう性の判別など、多くの分野で活用されている。

 今後、Chief Human (Capital) Officerと言われるCHO(最高人事責任者」が、社員のストレスを意識し、計測していく上でこのテクノロジーが必要になってくるだろう。実は某有名IT大手のHR部門では、従業員のストレスレベルを計測するために、既にこの技術のPOC(技術実証)を始めているのだ。

photo Revealense社のメンバー

人間のマイクログラムレベルの微細な振動を感知

 Letos社は、人間のマイクログラムレベルの微細な振動を感知するセンサーを開発した。センサーを人体に近接すると心拍数(HR)、心拍間隔(IBI)、心拍変動(HRV)などのデータをAIシステムが感知し、瞬時にクラウドへデータをアップロード。

 AIシステムによって顔面筋運動、皮膚伝導率、眼球運動の相関を比較し、パラメータの変化率をAIが評価する。体内臓器はそれぞれ異なる周波数で振動しているため(例えば、呼吸数は〜0.2Hz、心拍数は1〜2Hz)、体内臓器の周波数の変化率は、さまざまな活性化を示せる。同社独自の技術によって呼吸数(RR)、ストローク量(SV)、脳卒中量の測定、心拍出量(CO)、収縮期血圧やその他の血圧パラメータを測定、推定できるようになった。

 同社のセンサーは、各分野で20年以上の経験を持つ教授陣(ポツダム大学のマティアス・ヴァイマール教授(感情神経科学)、オレゴン大学のジュン・リー教授(サイバーセキュリティとプライバシー強化技術)協力のもと、アカデミアで検証されているテクノロジーだ。

 同社はさまざまな業界の課題に取り組んでいる。航空・自動車業界で、操縦士や運転手の行動を予測するシステムをカスタマイズして提供。既にホンダ・ドイツ、セレンス、ポルシェなど、自動車業界の複数の企業と、パイロット・プロジェクトを開始している。

 医療分野でも、遠隔医療や睡眠時無呼吸症候群などの治療、研究を支援。介護分野では病院や老人ホーム向けに遠隔患者モニタリング支援を手掛けている。今後、人手不足の日本でも、運送業や医療機関、福祉といた分野で利用される予定で、期待は大きい。

photo 人間のマイクログラムレベルの微細な振動を感知する

大谷翔平もデータドリブンで成果を出した

 欧州の大手サッカーチームには、CDO(Chief Data Officer)が存在している。野球で世界最大の報酬額を得た大谷翔平も、自分の投球ホームからバッティングまでのデータを取り、まさにデータドリブンによって自己成績を評価している。

 米Salesforce(セールスフォース)などもCMSを利用し、世界のスタートアップをデータドリブンに基づき評価するのが主流だ。近い将来、今まで人間にしかできなかったことや、人間が気付いていないことがAIによりシステム化、データ化される。人間に関わる学問の原理をAIに取り入れることによって、人間の五感もシステム化される時代が到来するに違いない。

 われわれは、これらのツールと向き合い、人間なりの対応を見つける必要がある。新しい形の、より豊かな生き方が「ニューノーマル」になるはずだ。

著者紹介:平野貴之

ベアーレ・コンサルティング株式会社 代表取締役社長(CEO)。

イタリア・オリベッティ社に入社し、英国ケンブリッジ大学との共同最先端技術の部隊「マルチメディアタスクホース」に選ばれ、NTT、日本IBMなど最先端技術販売に成功し、社長賞、トップセールスなど多数受賞。その後、日本初上陸最先端テクノロジーに魅かれ、米国DirecTV技術を利用した通信衛星インターネットサービス会社の立ち上げに設立から従事し、ソニーミュージック、ソフトバンク(当時、日本テレコム)、日立電線などから3億5000万円の出資を受け新会社ダイレクトインターネット社設立に成功。

日本をはじめ、香港、マレーシア、インドネシア、シンガポール、オーストラリアなどグローバルビジネスデベロップメントも経験。

最先端テクノロジーを誰でも、いつでも、どこでも利用できるような、豊かな未来創りに少しでも役立っていきたい、もっとスピード感のある日本社会、そして幸せな生活プラットフォーム作りを支援し、提供していくために、1996年ベアーレ・コンサルティング株式会社を設立。

イスラエルビジネスのパイオニアとして、2001年からイスラエルハイテクスタートアップ企業への支援事業をスタート、現在も支援事業を拡大中。

ベアーレ・コンサルティング株式会社の公式サイト

LinkedIn

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.