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富士通の時田社長「日本語の生成AI開発は重要」 改良を続けることに「ゴールはない」新春トップインタビュー 〜ゲームチェンジャーを追う〜

» 2024年01月05日 07時00分 公開

 2024年の幕が開けた――。

 世界を見渡すと、3年間ほど経済を混乱させた新型コロナウイルスが終息した一方、ロシア・ウクライナ戦争、パレスチナ・イスラエル戦争では混迷を極めている。ビジネス環境は依然として不安定だ。

 そんな経営環境の中、富士通は22年度(2022年4月〜2023年3月)の決算で、売上高が前年比5.5%増の3兆7137億円を記録。営業利益でも同53.1%増の3356億円と過去最高益を達成した。

 同社は19年6月、社長に時田隆仁氏(正式表記:「隆」は生きるの上に一)が就任後、「パーパス」を軸として社員が大切にすべき価値観や行動規範を「Fujitsu Way」として掲げている。一般消費者にとって同社は、パソコンなどハードのイメージが強かったかもしれない。だが同社は21年、社会課題の解決に向けた新事業「Fujitsu Uvance(フジツウ ユーバンス)」を立ち上げた。ハードからソフトへ事業変革した結果が、まさに花を咲かせたのだ。

 ITmedia ビジネスオンラインは、時田社長に富士通・時田隆仁社長に聞く「年収3500万円」の運用状況 みずほシステム障害への対応は?富士通・時田隆仁社長に聞く「ジョブ型組織への変革」など何度かインタビューをしてきた。今回も時田社長に24年の展望を聞く。

 新年を迎え、国内でもさまざまな困難が起こっている。世界に目を向ければ政治情勢に加え、地球温暖化は早急に解決すべき課題となり、経営者にとって企業運営のかじ取りはより難しくなっている。そのヒントをお届けしよう。

時田隆仁(ときた・たかひと)1962年生まれ。1988年に富士通に入社。2014年に金融システム事業本部長、19年に執行役員常務、19年6月から社長。東京都出身

好業績の要因は? 社員の行動変容が起きた理由

 22年度が好業績だった要因について時田社長は、社員の行動変容による部分が大きいと分析する。

 「社員12万4000人の力が結集し、事業の方向性に対する社員の理解が進み、さらに行動変容が起こった結果として成果が生まれたのだと思います。加えてパートナー企業も、その考えに理解と共感をしてくれたからです」

 会社の方向性を指し示す基礎ともいえる「パーパス」。『富士通統合レポート2023』には「わたしたちのパーパスは、イノベーションによって社会に信頼をもたらし、世界をより持続可能にしていくことです」と書かれている。時田社長は、よく「信頼」という言葉を使う。この真意を尋ねてみた。

 「私が入社する前の1976年に『信頼と創造の富士通』というスローガンを掲げているほど、信頼という言葉は会社に根付いているものです。パーパスはそれに基づき、現代風に変えて15カ国語に翻訳し、世界中の従業員に文脈まで理解してもらおうと努力したメッセージでもあります。外国人従業員を含め社員からの信頼が高ければ、社会や顧客から見て当社が信頼するに足る企業だと感じてもらえることにつながると考えています」

 日本人、外国人、社員、マネジメント層など会社全体に相互信頼関係が醸成され、かつパーパスの意味も理解したことによって、全社員が同じ方向を向いたことが業績につながったのだ。時田社長は「ウクライナ、イスラエルとパレスチナ問題や格差社会など世界では分断が進んでいるので、世界共通の価値観も『信頼』というところに寄せられていると感じています」とも付け加えた。

富士通オフィスの様子

Uvanceは富士通の事業モデルそのもの

 富士通は、2023年5月に発表した中期経営計画(23〜25年度)で、25年度にはUvanceのみの売上高で7000億円を目指すという野心的な目標を掲げている。その見通しを時田社長はどう考えているのか。

 「よく聞かれるのですが、世界は非常に複雑で不確実で、明日、何が起こるかは分かりません。例えば24年は世界各国で選挙が実施される『選挙イヤー』で、その結果に左右される可能性もありますから、見通しを語るのは難しいです。ただ日本でいえば、パンデミックは乗り越えましたが、DXのみならずサステナビリティトランスフォーメーション(SX)、またはグリーントランスフォーメーション(GX)について、追い付き、リードしていこうという議論が活発になってきています。これらは流行ではなく、将来に渡って続いていくものだと考えます」

 時田社長の言葉からは、従来の御用聞き的なビジネスモデルから脱却していく強い意志が感じられる。そのカギこそがUvanceにあると語った。

 「気候変動を含め世界に課題がある中で、それらを解決するカギはテクノロジーにあります。富士通は世界中でビジネスをしていますので、責任感と使命感を持って事業を進めていきます。それを体現するのがUvanceです。単なる『ソリューションパッケージのブランド』ではなく『富士通の事業モデルそのもの』なのです。これまでのように、企業ごとに専門コンサルタントを配置するインダストリーカットでビジネスをするのでは、社会課題を解決できないということです。

 顧客や社会の動きを捉えた事業モデルで、それに貢献し価値を提供できるサービス、ソリューションとしていろいろなお客さまに提供してきたいと考えています。サステナビリティへの取り組みが加速するのであれば、同時にUvanceのサービスの提供範囲も広がるので、当社も成長できると思っています」

AIはあくまでも「人間中心」の理念

 22年後半にChatGPTが発表されてから、生成AIが世界で一気に注目を浴びるようになった。富士通もAIを活用したプラットフォーム「Fujitsu Kozuchi」を開発し、提供している。

 「富士通は30年以上AIの研究をしていて、社内では『読み書きそろばんと同じぐらい重要』だと言っています。あらゆる産業でAIが使われるようになるので、人間がどう使いこなすかが重要です。Kozuchiは、数百というお客さまに使っていただき使用実績を増やしているところです。今はシステムインテグレーションのサービスが中心なので、そこにAIを使うことによって、生産性を向上させることも期待しています」

 ただ現状の日本社会では、AIそのものに疑念をもつ人も少なくない。その解消への取り組みについては、どう考えているのか。

 「日本だけでなく、世界の人々がそのような懸念を抱いています。富士通は19年に『富士通グループAIコミットメント』を策定しました。Kozuchiには倫理観を実装させるなど、AIを重要視しています。AIはあくまで人間が使うものなので、富士通研究所でも『Human Centric(人間中心)』という理念を大事にして研究開発をしてきました。ただ、恐れるがゆえに必要以上の規制をかけてテクノロジーの進化を阻害することはあってはならない。それがテック企業のトップとしての考えです」

富士通グループAIコミットメント

日本語の特性を踏まえたLLMの開発

 現状、日本語はマイナー言語であり、世界的に見れば必要性がそれほど高いとはいえない。にもかかわらず、例えばChatGPTで表示される日本語はかなり自然に読める。

 生成AIの開発には、大規模言語モデル(LLM)の開発が必要不可欠だ。一部の日本企業がLLMの開発を始めているものの、資金力や開発スピードで優位性のある外国企業に、何となく開発を委ねている雰囲気もある。とはいえ日本企業が独自に日本語のLLMを開発すべきなのは言うまでもない。

 「日本企業がグローバルで戦うことにおいて、言語障壁は低くありません。日本語の特性がありますから、私たち自身が日本語のLLM開発に取り組むことは、日本人にとっても海外に出る、または海外企業が国内に参入するという意味でも重要なことでしょう。富士通が自社でLLMを具備しているという意味において、社会に大きな責任を持っています。大学や研究機関などと一緒に取り組んでいるのはそういうことです」

 富士通は東北大学や東京工業大学、理化学研究所と23年5月から、「富岳」政策対応枠において、スーパーコンピュータ「富岳」を活用したLLMの分散並列学習手法の研究開発をしている。東北大学とは、新しい技術の開発と人材の育成を通して社会課題の解決に資することを目的とし、互いの持つ技術・実績・知見を組み合わせることで実現した研究開発連携拠点「富士通×東北大学 発見知能共創研究所」を有している。

 筆者は外国語を使うときに、直訳をすべきか、それとも意訳をすべきかで良く迷う。時田社長は日本語のLLMをどの程度、必要だと考えているのか。

 「世界的なビジネスの基本言語は英語で、日本語はその中で補完する役割であるとも言えます。もし日本語を起点として何かを発信する際、文脈が壊れて伝わることがあってはなりません。当社は多国籍企業でもあります。英語を使うときに、意図した通り社員に伝わっているかは常に課題として横たわっています。そのことを含めて考えると、日本語の言語特性を踏まえたLLMの開発はやはり重要ですね」

 多国籍企業をトップとしてマネジメントしていくには、言語だけではなく宗教、商習慣なども絡むので一筋縄ではいかない。社長としてどのように取り組んでいるのか。

 「難しいです。私は、日本生まれ日本育ちです。英ロンドンに住んだことはありますが、そこに住むだけでチャレンジでした。ただ、人と人ですから、外国人であってもコミュニケーションを取ることを避けては通れません。フランス人やドイツ人だって母国語ではない英語を使って私たちと会話しようとしてくれるのですから、私たちも1歩も2歩も踏み出すことが肝心です。そこも最初に言った信頼ですよ。コミュニケーションを図らないと信頼関係は構築されないと思います」

「ゴールはない」 社会の変化に適応し続ける

 富士通ではマイナンバーカードを使って住民票をコンビニエンスストアで受け取れる「コンビニ交付サービス」の件で、システムトラブルが頻発した。同社の磯部武司CFOは「品質管理マネジメントが不十分だった」と見解を示している。時田社長自身は何が原因だと思っているのか。

 「公表しているように、品質プロセスに問題があったと思います。富士通はコンビニ交付サービスだけでなく、あらゆる商品の品質プロセスを改良しながらビジネスを進めてきました。世の中は常に変化していきますので、それに対応するために経営側も現場も改良を続けていきます。世界は変化し続けていますから、同じやり方をやり続けることこそがリスクだと思っています。改良をし続けるという意味でゴールはないのです。変化にアライン(適応)しながら、成長し続けるということです」

 社会の変化についていけず、従来の事業モデルが時代遅れになったことで、消えた企業も少なくない。時田社長は富士通の新たな事業としてUvanceを作り出した。その意味で、社会の変化に対応したビジネスモデルを構築したと言っていい。

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