マーケティング・シンカ論

「ちいかわ」に見る、SNS発キャラクタービジネスの3つの勝因エンタメ×ビジネスを科学する(2/2 ページ)

» 2024年01月17日 08時00分 公開
[滑健作ITmedia]
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2. ピークを作らない継続的な接点・露出

 上述したストーリーとしてのキャラクターの弱点の一つに、ファンの熱量がストーリー展開に依存するというものがある。ストーリーである以上、起承転結にせよ三幕構成(設定、対立、解決)にせよ、必ず熱量のピークが発生する。

 従来、連載漫画や放送スケジュールが決まっているアニメなどは、ストーリーの途中で複数の山場を作り、最終回に向かって熱量を上げ、その後のビジネス展開を行うのが主流であった。ただこの手法は、山場を過ぎてしまえばファンの熱量が必ず冷め、ファン離れが生じうるという一面も持つ。

 これらの課題は特に長編ストーリーもので生じうる。他方、「一話完結型」の作品など、大きなピークを作らない(あるいは毎週小さな山場を作る)ことで、一定のファンの熱量を維持する型もある。

 ちいかわはこの点が巧みであり、チャネルごとに使い分けを行っている。Xで連載している漫画は一話完結型を中心としつつ、定期的に複数話の展開を差し込み、直近の“島編”では大きな山場を作った。一方でTVアニメは1分の短尺で一話完結を中心に週2回放送し続け、グッズ展開も連載漫画と大きくリンクさせることなく、淡々と行っている。

 これは、チャネルごとに明確に客層が異なると判断しているが故と思われる。結果として「ちいかわファン全体の熱量が冷める」というタイミングを作らないことにつながっている。これも人気継続の要因の一つだろう。

3. 商業化のタイミングと内容

 SNS発の漫画やキャラクターのビジネス展開で、障壁となるのが商業化の“一歩目”である。より正確に書くならば、商業化の一歩目における、ファンへの見せ方だ。昨今のSNS発キャラクターに限らず、歴史上あらゆるコンテンツにおいて見られた事象であるが、もともと無料で楽しめていたコンテンツの商業化が始まると「金の匂いがする」「拝金主義」と映り、忌避感を示す層が一定数現れる。

関連グッズはまたたく間に売り切れに(出所:ちいかわマーケット)

 ただここで注意すべきは商業化そのものが問題となるわけではなく、ファン目線で「違和感のある商業化」が忌避感の対象となる点である。

 商業化の見せ方において重要視するべき点は、ファン目線で適切なものを、適切なタイミングで、適切な価格で見せられているかということである。各要素自体はマーケティングの古典であり王道であるため、特段珍しいものではない。にもかかわらず、キャラクタービジネスの世界での成功例が一部にとどまる理由は、この「ファン目線で適切であるかどうか」が数値化できず、再現性がないためである。

 例えばファン目線で適切なもの(プロダクト)とはなんだろうか。「キャラクターのイメージやストーリーに沿ったもので、ファンの要望や嗜好に合致するものであること」と、書き下すことはできるが、具体的なアイデアについて数的根拠を示すことは難しい。

 また不自然なコラボやあまりに高価格帯の商品は、通常はファンの反感を買いがちであるものの、ある種の「ネタ」にまで昇華できれば逆に好評を博すという難しさもある。

 現実的には、これらセーフ/アウトのライン、ファンに違和感を持たれないラインは、作者やプロデューサーの判断力・目利き力に依存しており、一定の数的根拠とともにビジネスの成功を左右する。

 ちいかわがこれまで反感を持たれずファンとの接点を確保し続けられている背景には、「ファンが違和感を持つ商業化」を避けられている点にある。ちいかわのプロデュースを行うスパイラルキュート(東京都中央区)の川上洋一社長は、過去に「なめこ栽培キット」や「コップのフチ子」「コウペンちゃん」と数多くのキャラクターを成功に導いている。こうした知見に基づいた名プロデューサーによる目利き力・マネジメント力が勝因といえる。

 同じSNS発であり、表面上は同じチャネル・ツールを用いているコンテンツは数多あるが、ちいかわほどの規模にまで成長したものは多くない。ちいかわの成功はそれ自体の魅力に加え、上述したようなビジネス展開のやり方が時代に合っていたことも大きいのだ。

著者プロフィール:滑 健作(なめら けんさく) 

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 株式会社野村総合研究所にて情報通信産業・サービス産業・コンテンツ産業を対象とした事業戦略・マーケティング戦略立案および実行支援に従事。

 またプロスポーツ・漫画・アニメ・ゲーム・映画など各種エンタテイメント産業に関する講演実績を持つ。

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