新時代セールスの教科書

SmartHRの営業社員はなぜ成果を出し続けられるのか? トップ営業に頼らない組織運営の裏側先駆者たちの「セールスイネーブルメント」(1/3 ページ)

» 2022年06月07日 08時30分 公開

新連載:先駆者たちの「セールスイネーブルメント」

 近年よく聞くようになったセールスイネーブルメント(Sales Enablement)。営業組織が、成果に向かって持続的に成長できるようにする取組みを指す言葉だ。米国では取り組む企業が増えており、今後日本でも市場が伸びていくことが予測されている。本連載では、ブレーンバディ代表取締役の大矢剛大氏が、日本の企業におけるセールスイネーブルメントの取り組みを調査し、紹介していく。

 クラウド人事労務ソフト「SmartHR」を展開するSmartHRは、2019年ごろから営業組織におけるセールスイネーブルメントに着目した企業の一つだ。

 セールスイネーブルメントの取り組みを開始し、約3年。営業組織は26人から103人と3倍以上に増加した。採用・育成コストが数倍になるにもかかわらず、営業組織の目標である「半年ごとの売上目標金額を達成する営業メンバー比率7割キープ」を達成し続けている。組織規模の拡大に伴うコストが増える中でも、営業成績は右肩上がりを続けているというわけだ。

 営業の質を担保した状態で、組織を拡大させるにはどうしたらいいのだろうか。同社がセールスイネーブルメントに取り組み始めた当初から在籍する高森静香さんに話を聞いた。

SmartHR セールスプランニング チーフ 高森静香さん。新卒でSIerに入社し、国産ERPパッケージの営業に約6年間従事。同時に、人事給与勤怠モジュールの導入コンサルタントとしてシステム導入プロジェクトの経験を積む。人事業務に関わる人が好きで、その人々が、従業員に関わることにもっと多くの時間を使えるような世の中にしたいという想いからSmartHRに入社。フィールドセールス、チーフを経験し、現在はセールスプランニングでセールスの戦略・分析・オンボーディングを担当

組織が70名を超え、営業の属人化が課題に

──SmartHRさんが、セールスイネーブルメントに取り組むようになった経緯を教えてください。

 セールスイネーブルメントを本格的に始めたのは19年7月です。当時は、向き合うお客さまが中小企業から大企業になるにつれ、営業の属人化が目立つようになってきていました。

 17年以降、当社は海外SaaSの理想的な成長曲線といわれるT2D3(※)を目標に組織・プロダクト作りを推進しています。T2D3とは、売上額が前年を基準に毎年3倍、3倍、2倍、2倍、2倍と上昇し、5年で72倍の売上を目指すという指標。そのため営業組織には前年比2倍、3倍といった大幅な成長が求められていました。

※T2D3とは、PMF(Product-Market Fit)の後で、Triple、Triple、Double、Double、DoubleでARRを毎年伸ばしていくこと。これが実現できるスタートアップは、良いSaaSを提供できているという目安指標

 その中で、例えば中堅・中小企業でなく大手企業にアプローチしていく際に、営業個人単位のがんばりだけでは目標に届かないことが分かりました。組織単位で「大手企業に導入してもらうためにはどうしたらいいか?」といったセールス活動の改善策を考え、浸透させる必要がありました。

 また、変化する市場に対して、できるだけ早くプロダクトや商材を進化させなければならないとも感じていました。

──売上増加がゴールだとしたら、受注金額の大きい大手企業への提案量を増やすことに注力したほうが効率的な気がします。採用人数をわざわざ増やす必要もないため、採用・育成コストを下げられると思いますが、なぜ採用人数を増やし続けるのでしょうか?

 確かに、毎年1.2倍の成長を目指すとしたら、大手企業にアプローチして売り上げを増やしていくという手法がセオリーだと思います。

 しかし、当社が掲げる「2〜3倍の売上成長」を考えると、単価を上げるだけでは目標に届きません。人を増やしながらも、質の高い営業をし続ける必要があるんです。そのため、採用には積極的に取り組んできました。

 SaaSビジネスでは、人材獲得や広告などに投資すべきかの指標に「LTV(顧客生涯価値) ÷ CAC (顧客獲得コスト)>3」という計算式がよく使われます。当社でもこの指標をもとに採用に投資するかどうかを判断しています。

──SmartHRが定義する「質の高い営業」のために、新入社員にどのような教育をしてきたのでしょうか?

 現在は、おおよそ10個の研修を用意しています。期間としては、担当するクライアントの規模感によっては多少前後するものの、大体入社してから3カ月間としています。

 1カ月目はインプットの期間です。「売るためには、クライアントが向き合っている業務や抱えている課題を理解し、それらをSmartHRではどう解決できるのかを考える必要があること」「クライアントの視点に立ったヒアリングのために、商談の前にどのような準備をしたらいいのか」など、営業をするにあたってのポイントを理解してもらいます。加えて、商談ロープレをしながら、サービスの魅力を自分の言葉で話せるように練習していきます。

 2カ月目からは、チーフに同席をしてもらいながら新しく入った方にメインで商談を進めてもらいます。実際に現場に出て、フィードバックをもらいながら商談の数をこなしていくやり方です。

 3カ月目になると基本的には1人で商談に取り組んでもらいます。何かあった際には、持ち帰ってチーフに相談しながら進めていき、受注を目指します。新入社員が一定の知識を得て、1人で商談を遂行できる基準に達したかは、商談に同席しているマネジメント層が判断するようにしています。

──同じ研修をしても、どうしても営業の質にバラつきが出てしまうと思うのですが、どのようにサポートしているのでしょうか?

 セールスプランニングの研修やフォローだけでは、全員の質を同レベルに引き上げるのは難しく、現場のチーフやメンターになるメンバーに協力をお願いしています。例えば、新しく入った一人ひとりに対して、個別に一問一答する時間を設けて、研修で学んだことを覚えているかどうか口答でチェックするなどしています。「お客さまがこういう場合はどうするの?」「こういう機能ってある?」などに適切に回答できるかを見ています。

 コロナ禍の前はオフラインで実施していたのですが、現在は全てオンライン。分からないことが出てきた際に気軽に相談できるように毎日雑談する時間を設けるなど、オンラインコミュニケーションならではの工夫も心がけています。

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