富士登山鉄道の運賃は1人1万円程度を見込んでおり、富士スバルラインの自家用車1台2100円に比べるとかなり高額だ。5合目は自然景観に馴染むようリゾートホテルやレストラン、ショップなどを再整備し、吹抜け半地下構造とする。駐車場などで切り取った山肌は埋め戻して自然回帰させるという。従来の「ドライブイン」から「高級リゾート」に変貌する。つまり客単価を上げて、来訪者抑制につなげる。1人当たり2000円の客を100万人集めるより、1人当たり10万円の客を2万人集めた方がいいという考え方だ。
長崎知事によると、ユネスコは12年の時点で5合目への来訪者数231万人が多すぎると評したという。富士登山鉄道によって5合目来訪者数を減らすということは、この数字より少ない人数にするということだろうか。現在の5合目来訪者数506万人から231万人以下にするとなると、逆に周辺の観光業界にとって痛手ではないか。
例えば、私が富士スバルラインを訪れたあと、忍野八海や山梨県立富士湧水の里水族館に立ち寄った。道の駅で吉田うどんを食べ、信玄餅なども買った。このように、富士山観光の前後に富士山付近の観光地や飲食店に立ち寄るという人々がいるのに、来訪者を抑制すれば、周辺観光も減ってしまう。富士吉田市の「電動バスで」という考え方の背景に、登山鉄道による過度な来訪者抑制に対する懸念があるかもしれない。
後日、山梨県知事政策局富士山登山鉄道推進グループにメールで問い合わせ、何度かやりとりした内容は以下の通りだ。
ちなみに、LRTを年間運行した場合は、1日当たり152便×120席で1万8240人。冬季も含めて年間運行すると、1万8240人×365日で665万7600人となる。19年の506万人よりも多い。現在の観光バス来訪者も「他の地域から5合目まで直行し、出発地まで直帰する」ため、地域の経済に貢献していないという声がある。それなら、富士登山鉄道、富士登山電動バスにしたほうが、地域の観光業者は活気付くかもしれない。
ただし、霊峰富士の信仰に対して神社関係者から「冬の富士山には入らない」「神の怒りに触れるようなことはしない」という声もあるようだ。その意味で「富士山―信仰の対象と芸術の源泉」として世界文化遺産を勧告し、来訪者数、登山者数の多さや人工物に苦言を呈したICOMOSの方が、富士山のあり方を理解しているといえそうだ。
極論すれば、霊峰の富士山を世界遺産として本当に大切にするならば、富士スバルライン自体も終了して自然回復した方がいい。観光としての富士山は、登るところではなく、眺めるところだ、と再定義する。しかし富士山を中心とした観光は、立ち行かなくなるかもしれない。そもそも世界遺産とはなにか。トップ観光地を示すブランドだと勘違いしていないか。そこから議論する必要がありそうだ。
個人的には富士登山鉄道に乗りたいし、スイスのユングフラウ(世界自然遺産の一部)に匹敵する観光地になってもらいたいのだが。
乗り鉄。書き鉄。1967年東京都生まれ。年齢=鉄道趣味歴。信州大学経済学部卒。信州大学大学院工学系研究科博士前期課程修了。出版社アスキーにてパソコン雑誌・ゲーム雑誌の広告営業を担当。1996年よりフリーライター。IT・ゲーム系ライターを経て、現在は鉄道分野で活動。著書に『(ゲームソフト)A列車で行こうシリーズ公式ガイドブック(KADOKAWA)』『ぼくは乗り鉄、おでかけ日和。(幻冬舎)』『列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法(河出書房新社)』など。公式サイト「OFFICETHREETREES」ブログ:「すぎやまの日々」「汽車旅のしおり」。
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