おもちトラベルのツアーは、1回につき1万円〜実施しています。高いと思われるかもしれません。しかし、ぬいぐるみを事前に送ってきたら旅行前日に前夜祭、旅行が終わったら後夜祭も実施しています。現実的には三泊四日のツアーを持ち主は自身のぬいぐるみを通じて楽しむことになります。参加者は自分の分身が旅を満喫している姿がたまらなく楽しく感じます。そして、自分が旅をするのではない特別な体験と、そこから生まれる没入感こそが価値なのでしょう。
リピーターはおもちトラベルにぬいぐるみを送る際に地元のおみやげなどを同梱し、他の参加者に共有することもあるようで、ぬいぐるみを通じた新しいコミュニティも生まれています。ぬいぐるみ、ぬい撮り、ぬいぐるみ旅行を通じ、同じ趣味を持つ愛好家同士の新たなコミュニティができ始めているのです。
きりんさんによると、日本には他にもいくつかぬいぐるみ旅行を展開する会社があるそうです。まだ世界にはぬいぐるみ旅行関連の市場がないので「今後はもっと世界に向けて日本のぬいぐるみ文化を発信していきたい」と意気込みを語ります。
「先日はぬいぐるみを連れていけるバーで、ぬいぐるみカフェの経営者やぬいぐるみ保育園の経営者と一緒に『第1回ぬいぐるみサミット』を開催しました」とのことで、ぬいぐるみ関係の事業を展開している人たちとのつながりもでき始めているようです。
関連市場でいえば、15年には、こころ(大阪府豊中市)が大阪にぬいぐるみ病院を開院しています。退院した患者は2万体、入院予約はなんと半年待ちだそうです。普通の病院と同じように、自分の分身をいつまでも健康な状態で維持、時には修復してもらえる病院はますます大事な存在になるのではないでしょうか。
今後は人と同じように結婚式場や葬儀ビジネス、ぬいぐるみの宇宙旅行なども出てくるかもしれません。ぬいぐるみ病院にぬいぐるみを連れてくる人の大半は30〜50代、男性も2〜3割とのことで、大人の男性でぬいぐるみを愛用している人も多そうです。
今の時代、会社での付き合いもドライになり、人と人のコミュニケーションが少なくなってきています。特にコロナ禍以降、リアルなコミュニケーションの機会が減り、オフィスに出社せずリモートワークでの働き方も珍しくなくなってきました。
このようなリアルな触れ合いが減少する中で、ぬいぐるみという存在は貴重なコミュニケーションの相手、大切なパートナーとなっている人も多いのです。ぬいぐるみは人の心に癒(いや)しを与えてくれる存在であり、自分自身の素の状態を唯一知っている存在でもあります。愛好家にとって、ぬいぐるみは友人であったり、恋人であったり、または子どものような存在なのでしょう。はたまた自分自身の完全な分身、という人もいると思います。
これからの時代、ぬいぐるみは人にとってますます大切な存在になっていくかもしれません。冒頭の小売りチェーン各社の大きなぬいぐるみも、購入者にとってはすでに家族のような存在として一緒に生活する相棒になっていることでしょう。人の心を癒し、人に力を与えてくれる存在として成長するぬいぐるみ市場には、引き続き注目していきたいと思います。
岩崎 剛幸(いわさき たけゆき)
ムガマエ株式会社 代表取締役社長/経営コンサルタント
1969年、静岡市生まれ。船井総合研究所にて28年間、上席コンサルタントとして従事したのち、同社創業。流通小売・サービス業界のコンサルティングのスペシャリスト。「面白い会社をつくる」をコンセプトに各業界でNo.1の成長率を誇る新業態店や専門店を数多く輩出させている。街歩きと店舗視察による消費トレンド分析と予測に定評があり、最近ではテレビ、ラジオ、新聞、雑誌でのコメンテーターとしての出演も数多い。直近では著書『図解入門業界研究 最新 アパレル業界の動向とカラクリがよ〜くわかる本[第5版]』を刊行した。
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