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日本の賃金は上昇傾向に 経済を「マクロで見る見方」

» 2024年02月22日 19時14分 公開
[高尾宗明ITmedia]

 経営者を務める読者の皆さんは日々、企業の組織改革や製品改善、働き方改革、KPI(OKR)の方法などに頭を悩ませ、企業収益改善にまい進していることでしょう。国内の経営者の努力や改善マインドはとても素晴らしく、常に良いものを作る努力をしていると実感しています。経済状況を「ミクロに見る力」は、他国と比べても優れているといえるのではないでしょうか。

経済状況を「マクロで見る見方」とは?(写真提供:ゲッティイメージズ)

 一方で、経済状況を「マクロで見る見方」がもっと多くの方々に浸透していけば、もっと強い日本経済を構築できると思っています。その一環として、私は経済状況をマクロで見る視点、データを見るポイントなどを、お伝えしていきます。経営者の方々のマクロ視点の一助になればと思います。

著者紹介:高尾宗明

高尾合同会社 代表(CEO)。

米国大学 MBA取得。インターネット黎明期、livedoorに入社。数多くのインターネットテクノロジーの分野に精通し、ビジネスを展開。livedoor事件を経験し、その後外資系企業へ転職。

Adobe (Omniture)/Microsoft在籍時にマーケティングテクノロジーの分野にも従事(ビッグデータソリューションにも精通)。その後、いくつかの外資系スタートアップの日本市場立ち上げをカントリーマネージャとして実施。

ゼロからチームを作り上げ、外資系企業が日本マーケットに適するような社内文化や価値観の熟成、そしてシェア拡大を現在も継続中。

2023年政経塾を卒業し、各省庁の政策立案等を学ぶ機会があり、ビジネスとは別に政策に関するアドバイスやコンサルティング業務等も行なっている。

物価上昇→企業収益向上→給与向上 インフレは悪くない

 まず日本経済は今後明るくなるのか、それとも暗くなっていくのかを筆者の視点で説明していきます。皆さんが感じている通り、日本を含む世界の状況は現在、インフレモードになっています。日本は過去30年近く、世界で唯一と言ってよい長期のデフレ経済の中にありました。今まさに、このデフレ経済からインフレ経済への転換が見えてきています。

 皆さんも物価上昇などでインフレ経済を肌で感じていると思います。物価上昇と聞くと、財布のひもがキツくなり、不景気を感じてしまいがちです。しかし物価上昇というのは、不景気だけを煽るものではありません。物価が上がることによって企業の収益は上がり、企業収益が上がることで社員の給与も上がる可能性が高くなります。

 企業側も研究開発費などに当てられる予算が増え、企業の力が比較的に強くなる可能性も高まります。ですのでインフレが悪いということではなく、むしろデフレよりもインフレ経済の方がマシではないでしょうか?(ハイパーインフレになってしまうと話は別ですが)。

 インフレとデフレについて、簡単に説明すると以下になります。

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インフレ:お金の価値が減っていき、モノやサービスの価値が上がっていく

デフレ:お金の価値が上がっていき、モノやサービスの価値が下がっていく

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 グラフを基にして現在の状況を確認してみましょう。

グラフ1:消費者物価指数/出典元:総務省)

 グラフ1からも分かる通り、直近2年前から消費者物価指数は100を超え、インフレ傾向を示しています。今後の企業収益改善の兆しが見えてくる可能性が非常に高いと思います。グラフ1が示す通り、インフレ傾向が顕著になったことによって、給与水準は今どのような状況にあるのでしょうか。グラフを基に確認していきましょう。

グラフ2:賃金の推移/出典元:厚生労働省)

 賃金推移を見ても、徐々にではありますが、上昇傾向になっています。このデータから日本経済にはインフレの兆しが見え、インフレの循環に入っていると思います。

 日本は過去30年間デフレ経済に悩まされていたので、今後インフレの循環が再度デフレ循環にならないようにすることが、日本経済にとっての課題です。30年間染み付いてしまったデフレマインドをいかに打破するかが、経営者に求められます。経営方針・戦略などが180度違ってきますので、会社を経営する上で、マクロ経済を見ることは不可欠です。

 最近ニュースなどでコストプッシュ型のインフレだと言われ、低い成長率と高い失業率(スタグネーション)に物価の上昇(インフレーション)が重なった「スタグフレーション」になるという報道を目にすることがあります。

 しかしよく考えてほしいのですが、日本は過去30年近くデフレ状態、つまり物価は下がり、賃金も上がらない状態でした。通常、企業は値段を上げられなければ収益を上げることは難しいものです。生産性向上のために賃金カット、ロボット化などの目まぐるしい努力をしていたとしても、値上げできなければ必ず限界が来ます。

 筆者は、国内企業の状況が苦しかった原因は、生産性の低さにあったというよりも、デフレ状態だったことにあると考えています。そのデフレ傾向が今インフレ傾向に向いてきているということは、まさに“明るい兆し”ではないでしょうか。インフレ傾向が続けば、今後は企業側の賃金アップの努力が必要になっていきます。より良い人材を採用するために賃金アップしていく企業努力は、ひいては日本国のGDPにも直結していくのです。

名目GDPは上がるのに「税収は下がる謎」

 次に、日本の名目GDPについてです。マクロ的視点で見てみると、現在の日本の名目GDPには良い兆しがあると言えます。

グラフ3:日本の名目GDP /出典元:内閣府)

 グラフ1(消費者物価指数)から見ても分かる通り、19年から100に到達し、現在は102ほどですが、グラフ3を見ると、名目GDPも大きく伸びていて22年は約570兆円になっています。23年の名目GDPの成長率は、22年の約4.4%アップといわれています。4.4%の成長率は32年ぶりの快挙です。

 財務省のWebサイトからも確認できますが、22年の税収は約71兆円でした。22年よりも名目GDPは4.4%アップするのに、なぜ23年の税収は約69兆円なのでしょうか?

グラフ4:一般会計税収の推移/出典元:財務省

 この理屈は国会答弁でも明確になっていますが、23年の税収(69兆円)は22年12月の段階の見込みとして記載したもので、22年の税収(71兆円)が確定したのが、23年の夏ごろだったのです。なので22年の時点で23年の税収は分からなかったために、23年の税収も見込みとして69兆円にしているということでした(国会答弁を参照)。

 そして23年夏に22年の税収(71兆円)が確定した後、内閣府は「中長期の経済財政に関する試算」を出しているのですが、その後で数字が明確になったにもかかわらず、23年の税収(69兆円)を更新していないのです。

 では、どのようにして23年の税収(69兆円)が出てきたのかというと、国会でも答弁されていますが、「税収弾性値」という指標を活用しているようで、財務省は1.1という税収弾性値を活用して、69兆円(23年の税収)を出しているようです(国会答弁)。財務省が示している「税収弾性値は本当に1.1が妥当かどうか」がポイントになってきます。

 では、税収弾性値はどのように計算しているのか。毎年の名目GDPの伸びに対して、実際どれほどの税収が伸びたのかを計算すると、ある程度は算出可能です。例えば22年の税収(71兆円)は確定した数値ですので、こちらをベースに考えると、21年から22年の名目GDPは約2.3%程度上昇しました。それでは22年の税収は21年と比較してどれほど伸びたのでしょうか? 事実約4.1兆円伸びました。

 また20年から21年の名目GDPは約2.7%上昇しました。21年の税収は20年と比較して約6.2兆円増加しています。名目GDPが1ポイント上がることで税収弾性値は、過去5年を見ても平均で2以上はあります。これは国会でも指摘されていました。

グラフ5:中長期の経済財政に関する試算/出典元:内閣府)

 通常、会社の経営者であれば、新しいデータが更新されれば、そのデータを基にできる限り早めに判断しますが、国レベルだと、やはりデータ更新に時間がかかっています。マクロで経済を見る上でも数字を正しく判断し、アップデートされていない状態であれば、政府や官僚、国会答弁の議事録などを見て、正しい経営判断ができる環境を作っていきます。これは極めて重要な経営者のスキルです。

 マクロ経済は一企業でコントロールすることは難しいものです。だからこそ、経済の大きな流れを見極めながら、数字を基にした経営判断が求められます。

 経営者の方々は企業内の決断、組織改革、新製品リリースなどでなかなかマクロ経済を見ていく時間は取りづらいかもしれません。しかしマクロ経済の流れをつかみ、少しでも正しい経営判断が促されるマクロデータ環境を構築することは、経営の柱にすべき重要性を持ちます。今後も、一次資料を基に経済をマクロ視点で捉えて分析をしていければと考えています。

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