アップルウォッチの脱炭素化、徹底ぶりがすごい BYDや白い恋人も“一石二鳥”の脱炭素×企業戦略

[北村和也（日本再生可能エネルギー総合研究所），サステナブル・ブランド ジャパン（SB-J）]

本記事はサステナブル・ブランド ジャパンの「本格的な実施フェーズに入ったカーボンニュートラル、アップルなど主力ブランドの脱炭素化は“一石二鳥”の企業戦略」（2024年1月25日掲載）を、ITmedia ビジネスオンライン編集部で一部編集の上、転載したものです。

　2024年明けの新聞などのマスメディアでは、脱炭素に関する記事が昨年までに比べてそれほど目立たなかった。もちろん、地震報道などの重大ニュースが続いたことも大きいが、一方で、脱炭素の必要性は訴え尽くされ始め、政府や自治体、企業などが実際に行動を起こす「実行の段階」に入ったことも影響している。

　企業側は脱炭素の実施を迫られ、早急な対応が問われている。そんな状況の中、目立ってきているのが「ブランドの脱炭素戦略」である。メーカーであれば主力製品、サービス業であれば企業全体の知名度アップや格上げを狙っての動きである。

　いくつかの具体例から、その意図と効果などについて考える。

衝撃のアップルウォッチの脱炭素化、徹底した内容と狙いとは

　以前から、本社や工場などに対し再生可能エネルギーによる電力の調達を推進し、サプライチェーンにも強い要請で脱炭素化を図ってきたアップルであったが、ついに主力商品の一部で完全なカーボンニュートラル化を宣言するに至った。

　同社は23年秋に発売した、Apple Watch Series 9の脱炭素モデルの内容をかなり徹底している。世界のサプライチェーンの全てで太陽光や風力発電などの再生可能エネルギーなどを使って製造にかかるCO2を削減し、さらに素材の30%は再生素材か再生可能素材を使用、輸送時の排出についても半分は航空機を使わないことを基準としている。

初のカーボンニュートラル製品となったApple Watch Series 9（画像：アップル プレスリリースより）

　これによって、CO2排出を8割近く減らすことに成功したとしている。具体的には、製品当たりのベースの排出量37キログラム弱を8キロ程度にまで下げ、残った排出量は「質の高いカーボンクレジットを使う」という念の入れ方である。

　最も驚かせられたのは、Apple Watchを使うユーザーに対するケアだ。時計は充電して動くのだが、その電気を全てアップル側が予測算定して、排出量分をオフセット（相殺）するというのである。また、再生可能エネルギーの多い、クリーンな時間帯に充電ができるように「グリッド予報」という機能を時計に追加している。

　これは、使用者の居住エリアにおいて、太陽光や風力発電などのクリーンなエネルギーを使用できる時間と、石炭や天然ガスなどの化石燃料といったクリーンでないエネルギーを使用できる時間をアップルウォッチ上で示す機能だ。クリーンなエネルギーが使用できる時間帯に積極的にアップルウォッチを充電することで、日常の中で温暖化防止に貢献できるというものである。

他社との差別化を図る、早期かつ現実的なブランド対策

　アップルは、特に23年の初めまで各国のサプライヤーに強い脱炭素化実施を要求していたが、背景の一つには、このApple Watch Series 9の脱炭素化宣言があったのであろう。

　リリースの中でも示しているように、アップルは「30年までにバリューチェーン全体でカーボンニュートラルを達成する」ことを着実に進めている。しかし、自らが“大胆な戦略”というように、サプライチェーン全体（つまり、完全な全製品の脱炭素化）は、アップルのような巨大企業にとっても難題である。

　取り組みが進んでいるのは事実だが、まずは可能なところ、分かりやすいところから途中の成果を打ち出すという帰結となった。その結果が、アップルの“世界で一番売れている時計”の一部製品にカーボンニュートラル化を取り入れた発表だったといえる。

アップルの脱炭素ロゴ（画像：アップル　プレスリリースより）

　前述のように、その中身も半端ではない。例えば、Apple Watch Series 9の製造などでカバーしきれていない残りの排出量をオフセットする「質の高いカーボンクレジット」が挙げられる。これは「実際に行われており、追加的なもので、測定と定量化が可能、二重カウントを防止するシステムを備えており、永続性が確保されているプロジェクト由来のものと定義しています」（リリース原文）と、まさしく脱炭素の見本のようである。

　企業戦略では、全体の脱炭素化に時間がかかる場合にどう広報するかも考えなければならない。主力商品からカーボンニュートラルを実現することで、取り組み姿勢を発表すると同時に、製品などのPRや差別化に貢献できるという“一石二鳥”の効果も期待できる。脱炭素に取り組まないことのマイナスは当然だが、時間的な遅れで悩む企業も少なくない。世界のトップ企業の一つ、アップルでなくとも、検討できる方法であると考える。

製品、ブランド名などに広がる脱炭素化の波

　Apple Watchにやや似た、製品使用者とのコラボのケースが中国にも存在する。23年にEVセールス世界一に躍り出たBYD社だ。

　EVを走らせる場合、距離に応じて温暖化ガスの排出枠である「カーボンクレジット」が発生し、通常はメーカー側がそれを売却などで利用している。BYDは、それを顧客に渡して、充電費用の割引などで使えるようにするという。車の販促の一つであるが、脱炭素絡みの工夫となっている。念のためだが、この方式は急激にEV市場が拡大するタイだけでのサービスのようだ。

　国内でも、主力製品などの脱炭素化を進める動きが盛んである。身近な例を一つ。

　昨年のこのコラムでも取り上げた、北海道の有名な菓子「白い恋人」 (石屋製菓）である。既報の通り、すでに工場の使用電力の脱炭素化（非化石証書利用）は終えているが、1月中旬には、個別パッケージを再生樹脂パッケージに順次切り替えることを発表。CO2排出量を年間約46トン削減できる見込みとしている。

「白い恋人」の個包装を再生樹脂パッケージに（画像：TOPPAN　プレスリリースより）

　最近、テレビCMで、脱炭素の推進や温暖化防止への貢献などを訴えるものが急増しているかと思う。脱炭素実施が必須であれば、その目標や過程も知らせることが、企業にとってプラスであるとの考え方が背景にある。

　一方で、あえてコメントしておくが、曖昧（あいまい）な表現や客観的なデータに基づいているか疑問なものも散見される。欧州で厳格化が進む「グリーンウォッシュ」（ごまかしやうわべだけの環境配慮）と取られられないような対応をしなければならない。

地域で進む、ユニークな脱炭素ブランド戦略

　最後に、大企業や有名な商品以外の地域での取り組みも紹介しておきたい。

　佐賀県では地元の中小企業が集まり、3年前から共同でカーボンニュートラルの活動を進めている。「SAGA COLLECTIVE」（サガコレクティブ）と名付けられ、家具、有田焼、和紙、お茶、そうめん、海苔、酒など、地場や伝統産業の異業種11社による全国的にも珍しい協同組合である。

佐賀で異業種が集まり脱炭素に取り組む「SAGA COLLECTIVE」（画像：同協同組合 プレスリリースより）

　人・社会・地球にやさしい「エシカル」（倫理的な）が合言葉で、もともとは、コロナ禍での海外への販路開拓などが目的だった。一方で、佐賀でも気候変動による災害が頻発しており、脱炭素の取り組みが地元での企業活動の持続に必須だと考えるようになった。小さな会社単独では難しい課題だが、11社の連携による活動に意義がある思い、行動に移したという。

　実際に、Scope1、2、3の計算や削減といった努力のかいあって、22年度にはおよそ前年比マイナス15%を実現した。

　冒頭に記したように、24年は日本でも脱炭素の実施の年となる。繰り返すが、気温の上昇が加速する中、政府、自治体、企業、個人のあらゆる方面からのカーボンニュートラル化が求められている。企業では、実行をより具体的に、またそれをポジティブな結果に結び付けるために、ブランド戦略を含め目に見える工夫が必要になるのである。

著者紹介：Sustainable Brands Japan（SB-J）メディア・サイト

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