とはいえ、定年を引き延ばし、給与も大きくカットできないとなると、かなり厳しいというのが企業のホンネだろう。この点について、企業が負担するコストとのバランスを取るために、希望退職や早期退職募集制度などを導入することにも一考の余地がある。
終身雇用の時代は終わったのだと言われて久しい。しかし、実は政府は一貫して、実質的な年齢を60歳から65歳、そして努力義務では70歳とむしろ終身雇用を強化する仕組みになるように改正が行われているのだ。逆説的にも思われるが、このように実質的な定年を伸ばす法改正が行われるにつれて、最終的なコストの負担者である大企業を中心に希望退職者を募ったり、業務委託・非正規人材を活用するようになったりしてきた。
大企業でさえも65歳ないし70歳まで、全ての労働者を会社に残すような組織作りが難しいとしたら、それ以外の企業でも業務委託人材の活用や早期退職制度の導入について検討しておく必要があるだろう。
その上で、漫然と労働者を65歳まで就労させるのではなく、スキルアップとキャリアの継続的な発展を支援する必要がある。これまで、継続雇用の高齢者は、60歳定年前より業務負荷は軽減される代わりに給与が抑えられてきた。「会社で余生を過ごす」という捉え方ができるかもしれない。
しかしこれからの時代において、60歳まである会社を勤め上げる人材は、多様な雇用形態や早期退職などの荒波を乗り越えた人材となりうる。こうした逸材を“寝かせておく”のはもったいない。
一つの手段として、デジタル技術の研修やリーダーシッププログラムなど、職能に応じた管理的研修制度を設けることで、継続雇用段階でも活躍できるよう支援する仕組みが考えられる。また、メンタリングシステムを活用し、若手と高齢者との知識共有を促進することで、組織全体の知識ベースの世代交代も可能だ。定年後にできることは、実は決して少なくない。
65歳定年制の義務化に伴い、企業は法的順守の確保が不可欠だ。法改正に適合するため、改正された就業規則などを所轄の労働基準監督署へ届け出る必要がある。また、社労士や弁護士などの専門家と新たな就業規則の内容やあらためて締結する雇用契約書が法令の要求する基準に適合しているかの評価も求める必要もあり、コンプラ面の対策も不可欠だ。
65歳定年制の義務化は、日本の労働市場に大きな変化をもたらすものだが、これが足かせになっては意味がない。そうなれば今後ますます、形式的な定年年齢だけが引き延ばされ、実際に勤め上げられる人がごくわずかという形骸化を招きかねない。この法改正に適切に対応するためには、企業はただ規則を書き換えるだけでなく、人材戦略の見直しをはじめとした多岐にわたる調整が必要となるだろう。
企業がこれらの変更を効果的に管理し、実施することで、高齢者が活躍できる職場を作り出すことができるだけでなく、高齢者の雇用を通じて経験と知識が若手へと伝えられ、組織全体の持続可能性と競争力が向上する可能性もある。
1級FP技能士・FP技能士センター正会員。中央大学卒業後、フィンテックベンチャーにて証券会社の設立や事業会社向けサービス構築を手がけたのち、2022年4月に広告枠のマーケットプレイスを展開するカンバンクラウド株式会社を設立。CEOとしてビジネスモデル構築や財務等を手がける。Twitterはこちら
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
Special
PR注目記事ランキング