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地方中小企業でも、年収アップ! DXで間接業務を9割削減、“昭和の工場”を変えた若社長の大改革相棒は「テクノロジー」 人手不足でも“ラク”に働く

» 2024年08月08日 11時30分 公開
[小林可奈ITmedia]

 「価格転嫁が難しい」「物価高騰でそれどころではない」──大手企業で“賃上げラッシュ”が進む一方、多くの中小企業に「賃上げの波」は及んでいない。そんな中、サプライチェーンに組み込まれている中小企業でありながら、社員の年収増を目指して懸命に取り組む企業が、愛知県稲沢市にある。

 管理職の平均年齢は39歳にして平均年収は820万円と、地方製造業として高水準を誇るその企業の名前は、三共電機。機械の自動制御に必要な「制御盤」の製造・販売を手掛ける。社長の三橋進氏は、約10年前に同社に入社し、5年前に2代目として、会社を父から継いだ。

 それからは社長自ら業務アプリを開発するなどデジタル化を主導し、残業時間を減らしながら社員数は1.8倍、売り上げは約1.5倍と急激な成長を遂げている。

 当初は「どうせ無理」と否定的な声が多かったという社内や、先代社長である父との“壮絶な親子喧嘩”を経て、どのように改革を進めていったのか。同氏が入社してからの10年を語ってもらった。

間接業務を「9割削減」! パワハラ的“昭和の工場”を改革した2代目社長の奮闘

 学生時代に情報工学を専攻した三橋氏は、新卒で森精機に入社。ソフトウェア開発に従事していたが、5年目で退職した。

 「長女が2歳になったとき、父は私が2歳のときに会社を作ったのだと思い出しました。『生活を支えるのですら大変なのに、そんな時に会社を作ったのはどうしてだろう』と考えるようになり、会社を継ごうと思い至りました」(三橋氏)

photo 三共電機の三橋進社長(画像は同社提供、以下同)

 入社時に三橋氏は「中小企業でも、社員年収700万円」というインパクトある目標を掲げた。前職の平均年収や『会社四季報』の情報などを参考に定めた。当時は大企業でも見ないような水準だったが、実現していくために売上向上や効率化など5つの目標を設定し、取り組み始めた。

  • 売上拡大のためにさまざまな業種の仕事しよう
  • 技術力向上のために自己研鑽(けんさん)に励もう
  • 改善活動を当たり前に行おう
  • 効率化を図り無駄な経費を減らそう
  • 若手を育てて技術伝承しよう

 しかし、当時の同社は「パワハラ的な、いわゆる昭和の工場」だったと三橋氏は話す。離職率が高く、社内で人が集まれば悪口が始まるような、良好とは言いがたい雰囲気だった。「改革についても『社長の息子がなにか言っているけど、どうせ無理でしょ』という感じでした」(三橋氏)

前社長の「うっかりミス」から始まったDX

 実は、この5つの改革指針には、DXは含まれていない。着手のきっかけは、ひょんなことから生まれた。前社長のPCがメール経由でウイルスに感染したことだ。対策としてクラウド型のExchange Server(現MicroSoft365)を導入し、三橋氏が管理者として操作中、ブラウザに「謎のボタン」を発見した。

 それがローコードでアプリを作成できる「PowerApps」との出会いだった。触ってみたところ、スマホでも操作可能なローコードアプリを作れることが分かった。

photo ローコードアプリで、業務効率化を進めていった

 制御盤の設計や経営者見習いとしての仕事の傍ら、IT関係を一手に引き受けていた三橋氏。クラウド上でのアプリ開発であれば、自宅にいる際に子育てのスキマ時間で開発できた。こうして、ローコードアプリを用いてさまざまな業務の効率化を図り、ほとんどの全ての業務フローを紙で運用してきた同社のDXに乗り出した。

 例えば、約2000種類程度ある部品の手配に関する業務もその一つだ。現場で部品が必要になった際、従来は紙の書類に記載し、事務所内の手配部門に渡すというフローだったが、ミスによる誤手配や、手配依頼業務のために現場の生産性が落ちてしまうことが課題だった。また、在庫管理の責任者に業務負担がかかってしまっていた。

 そこで、部品ごとにQRコードを作成。現場の社員にも1人1台支給したスマホ端末で読み込み、必要数や希望納期を記入するフローにした。未納品の部品の見える化や、過剰在庫の削減につながった。

photo 棚のQRコードを読み込む

 年に2回実施していた在庫品の棚卸しも「手書き、手計算」で、1週間以上を要してしまっていた。書き間違いや誤集計のほか、決算期にもかかわらず知識がある人員を割かなければいけないことによる負担が大きかったが、前述したQRコードをスキャンして在庫数を入力する方式に。所要期間は1週間から半日に短縮され、また部品について特別に詳しいわけではない人にも業務を任せられるようになった。

 DXでアプローチできた問題は、こうした効率化だけではない。属人化を軽減し、社員に必要なスキルのハードルを下げたことで、採用面での苦労も減ったという。

 同社が位置する愛知県は、トヨタ自動車や三菱電機など製造業大手がひしめく地域だ。同社のような中小企業が経験者を採用する難度は高い。しかしDXによって、製造業務が全くの未経験であっても、積極的に採用できるようになった。

 未経験者にいきなり図面を渡しても、業務を行うことは難しい。しかも同社の事業は「多品種・少量生産」が特徴だ。扱う部品は多く、さまざまな製品を作る。

 しかし、アプリ内で図面だけでなく、昔その製品を作った際の写真や、必要となる部品のリストが写真付きで確認できるとなれば、一気にハードルは下がる。同社では製造業務が未経験である上、子育て中で就業にはブランクがある女性社員も、アプリ活用によって「気負わずに業務に慣れてくれる」という。

 「ものづくりの現場には難解な図面と気難しいおじさんたちばかり……というイメージがありますが、当社の場合はアプリを活用しながら、未経験の方にもすぐに活躍してもらえる。採用の面でもかなり有利です」(三橋氏)

 アプリでは製造段階の情報を扱うのみならず、発注から出荷までの流れを一気通貫で管理する。アプリ以外にもRPAを用いた作業の自動化なども合わせて、これまで人が行っていた記入や転記などの作業は9割程度減らせたという。

 経営レベルでも、基幹システムからRPAで取得した売り上げや仕入れに関するデータをBIツールで可視化。従来は製品の原価が変わる度にCSVで出力し、Excelでグラフを更新し……と時間を要していたところ、最新のデータをすぐに確認できるようになり、肝心の経営判断にリソースを割く余裕が生まれた。

photo 経営に必要なデータをリアルタイムで把握できる

IT未経験ながら、デジタル活用に挑戦する社員も

 取り組みの成果が現場業務の負荷軽減という結果になって現れてきたことで、社員には納得が広がっていった。特に若手は、スマホ操作で完結する効率的なフローは「かっこいい」と好意的な受け止めだった。

 しかし、「抵抗勢力」は社員だけではなかった。30年超にわたって経営をリードしてきた社長の納得を得られない場面が出てきたのだ。

 それは、有給休暇の申請をデジタル化した際のこと。紙の申請書に記入し、社長に“お伺いを立てて”休暇を取得する流れだったが、アプリ内で完結するよう変更したところ「そんなことをしたら、有給を取りやすくなるだろう」と社長は憤慨。反対を押し切り、実際に取得率は向上したというが、こうした意見の相違はたびたび生まれた。

 「これまで経営してきた自負がある父と、前職で企業のあるべき形を見てきている分、社員の当たり前の権利として、有給休暇を取ってもらったり、残業を減らしたりを掲げている私。

 お互いに頑固なので、1年ほどロクに口も聞かないような壮絶な親子喧嘩の末に『もうお前がやれ』ということで社長を交代しました。ちなみに、親子仲は今では良好なので、安心してください(笑)」

 このように前社長含め、現場を離れる人もいたものの、新しいやり方に協力的な社員を巻き込みながら改革を進めていった。ソフトウェア開発の経験を持つ三橋氏あってこそ推進できたように思えるが、社内ではその属人化すらも解消するような流れが生まれている。

 20〜30代の若手を中心に、IT未経験の社員が積極的に、デジタル活用できる仕組みづくりに挑戦しているのだ。製造部門の社員は、ローコードで支給品の検品に関するアプリを作成した。また営業部門の社員は、Excelに記入すれば取引先に注文書が飛ぶようなRPAを組んだ。会社としてこの流れを後押しするためにも、こうしたデジタル活用のためのリスキリングをしたり、効率化の成果を出したりした社員にインセンティブを用意している。

photo 社員が作成したローコードアプリの画面

 社内の雰囲気は改善し、離職率は低下した。同社のデジタル化の取り組みを学びに訪れる人から「社員の皆さんがいきいきしている」と言われることがうれしいと、三橋氏は顔をほころばせる。

 2017年との比較で、社員数は31人から58人に。そのうち26人は主に家族の扶養内の年収を希望するパートタイマーで、彼らを除いた平均年収は450万円あまりだ。

 中小企業の平均年収は近年、400万円超程度で推移している。三共電機が高卒新人を積極的に採用してきた結果、パートタイマーを除く社員の平均年齢が32歳であることを加味すれば、450万円は地方の中小企業としては高待遇の類だ。そして冒頭にも紹介した通り、管理職は平均年齢39歳で平均年収が820万円となっている。これは2017年に比べて1.7倍の金額だ。

 今後は、業務上の手続きなどの自動化だけにとどまらず、製造業務そのもののデジタル化や自動化にも取り組む意向だ。「製造業は人手不足が最たる業種で、どんどん廃業していっていますが、サプライチェーンを下支えし続けられるように、さまざまな取り組みを考えています」(三橋氏)。その一つが、製造のデジタルツイン化だ。制御盤を自動で作れるよう、準備を進めている。

 「経営者でありながらエンジニアでもある私が、模範を示していかなければいけないと思っています。大企業の方に『あの中小企業でもできるんだから、うちでもできる』と思ってもらえるようなインパクトを作れるよう、努力していきます」(三橋氏)

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