2024年4月、JR東日本が「カスタマーハラスメントに対する方針」を発表し、大きな話題を呼びました。5月にはJR西日本が、6月には大手航空会社の日本航空と全日空が共同で基本方針を発表しました。
ハラスメントの中でも近年、増加しているカスタマーハラスメント(以下、カスハラ)の被害が深刻化しています。この現状を受け、厚生労働省は7月19日、従業員をカスハラから守る対策を行うよう、企業に義務付ける方針を示しました。
カスハラ増加の背景にはSNSが大きく影響していると考えられますが、筆者はそれ以外に2つの要因があると考えています。そういった要因を踏まえ、企業が今後取るべき対策を社会保険労務士の立場から提案します。
令和5年度の「厚生労働省委託事業職場のハラスメントに関する実態調査報告書」(PDFより)によれば、カスハラを受けた人の割合は、10.8%とパワハラ―スメント(19.3%)に次いで高い数字となっています。
厚生労働省は「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」で、カスハラを以下のように定義しています。
顧客等からのクレーム・言動のうち、当該クレーム・言動の要求の内容の妥当性に照らして、当該要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なものであって、当該手段・態様により、労働者の就業環境が害されるもの
カスハラに該当する行為としては、以下のようなものが挙げられます。
カスハラ経験者はパワハラの約半分の割合となっていますが、これは職種を問わずの結果です。消費者と対面する小売り、飲食、介護、病院などの職種ではもっと高い数字と推測されます。パワハラと同様、企業が放置せず真摯(しんし)に向き合うべき課題であると思われます。
以前と比べてカスハラが増えた理由として、よく挙げられるのがSNSの普及です。SNSは悪い話ほど拡散される傾向があります。悪評を書き込まれるのは、売り上げにも悪影響が出るため避けたいでしょう。その結果、顧客側が優位となる図式が出来上がってしまいます。
筆者はそれ以外に2つの要因があると考えています。一つは個人商店が激減してチェーン店に替わったことです。筆者の小学生〜中学生時代には、同級生の実家が飲食店や文具店、書店を運営しており、個人商店も少なくありませんでした。
外食をしたり、買い物をしたりする際には、サービスを提供する側もされる側もお互いに面識があるケースが多かったのです。顧客という立場であっても理不尽な行為をすれば、うわさが広がってしまうのでカスハラを抑制する効果はあったのではと思われます。
チェーン店が増えれば新しいスタッフも増え、人間関係は希薄になるかもしれません。そして、単なるサービスを受ける側と提供する側という上下関係のみが存在することになります。
もう一つは効率化や人手不足により、人的なサービスやケアが弱くなってきたことがあると思います。例えば、JRの駅に設置されているみどりの窓口の数が減ったため、残っているみどりの窓口に行列ができて長時間待つケースが常態化しています。
Webや自動券売機で完結できることが増えたといえ、みどりの窓口でしかできないこともあります。長時間待つとイライラする人もいるでしょう。企業の相談窓口などもなかなか電話がつながりにくいケースもあります。メールなどでしか、相談に応じない企業もあります。
パワハラと指導の区別が難しいのと同様、利用者からのカスハラとクレームの線引きは難しいものがあります。そのため、個人が区別するのではなく、会社として明確にすべきです。その上でカスハラに対しては、毅然(きぜん)とした対応を取りましょう。
最近では小売業界を中心にカスハラについて対応する方針を固め、公表する動きが活発化しています。例えば、高島屋は「従業員への合理的な範囲を超える対応の強要や長時間の拘束、人格の否定や土下座の要求などをカスハラと判断する」としています。場合によっては対応を打ち切りその後の来店を拒否するほか、さらに悪質と判断した場合は、警察や弁護士に連絡するといった方針を公表しました。
ローソンは6月から、原則実名としていた店舗の従業員の名札の表記をイニシャルや任意のアルファベットでも表記できるようにしました。
もし企業がカスハラに対して適切な対応をしていない中、従業員がカスハラによって休職などに追い込まれた場合、従業員から責任を追及される可能性があります。まず企業は厚生労働省が発表しているマニュアルを基に、カスハラを定義したり、相談窓口を設置したりといった取り組みを進めましょう。
筆者がカスハラ対策として提案したいのは、同業界に属する企業同士の意見交換です。前述したカスハラとクレームの判別などは、同業他社の意見を聞いたほうがクリアになる可能性もあるからです。
さらに今後、従来のような手厚い人的サービスが難しくなった場合に、AIやソフトウェアで代替できる部分とできない部分、どのようにすれば利用者が怒りを覚えずにサービスを利用できるのかなど懸念点を議論するのも効果的だと思います。
人手不足が続く今日、カスハラ対策に取り組まない企業は、求職者から敬遠され優秀な人材を集められなくなる恐れがあります。早急に取り組みましょう。
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