4月から労働基準法がいくつか改正されますが、その中で全ての労働者に影響があるのが「労働条件の明示のルール変更」です。企業には、労働者を雇う際に労働条件を明示する義務があり、内容は労働基準法で定められています。
明示のルールについて、改正が行われた背景や企業や労働者にどのような影響があるか説明します。
労働条件の明示とは、働く場所や業務内容、賃金などの労働条件を書面で示すものです。入社時前に雇用契約書または労働条件通知書という書面を労働者に渡します。雇用契約書は、使用者と労働者双方の署名または押印が必要ですが、労働条件通知書には、労働者の署名や押印は不要という違いがあります。
労働条件通知書を労働者に渡すのは使用者の義務(労働基準法15条1項、同法施行規則5条4項)ですが、雇用契約書を渡さなくても法律違反ではありません。今回の法改正について説明した厚生労働省の資料も雇用契約書ではなく、労働条件通知書をベースに説明されています。
ただし署名・押印がないため、労働者が労働条件について合意したかどうかが定かでなく、労働紛争が発生した場合には企業側が不利となる恐れがあります。こうしたリスクを避けるため、雇用契約書も結ぶ企業は多いです。双方の内容を合わせた雇用契約書兼労働条件通知書という書面を労働者に渡している企業もあります。
今回の法改正で、新しく追加される明示事項は以下の3点です。
対象社員が異なるものもありますので、以降それぞれ細かく解説していきます。
正社員か有期社員かの雇用形態を問わず共通して加わったのが、1つ目の就業場所と業務内容に「変更の範囲」という文言が加わったことです。
業務内容が明確になっている諸外国と異なり、日本企業はこれまでジョブローテーションを採用してきました。営業部を経て人事部に異動したり、マーケティング部に異動したりすることを指します。
また全国に支店があるような会社では、全都道府県に転勤になる可能性がありました。4月以降は、転勤の場所や異動する業務の範囲が明記されるようになります。支店がない企業でも社員を出向先に異動させる可能性があれば、安易に就業場所の変更の範囲をなしとしないほうがよいでしょう。
パートや派遣などで働く有期雇用社員の労働条件通知書には上記に加えて追加される項目があります。2〜3つ目の「更新上限と無期雇用転換の明示」です。
更新上限とは、有期契約の通算契約期間もしくは更新回数の上限です。労働契約法という法律で定められた無期転換ルールにより、有期労働契約が5年を超えて更新されたときに、無期転換の申し込み権が発生します。
企業側は、有期雇用労働者の申し込みがあれば無期労働契約(期間を定めない労働契約)に転換しなければなりません。なお今回の改正は、24年4月1日以降に労働者へ渡す労働条件通知書(雇用契約書)が対象となります。それ以前の3月25日〜6月24日のように4月1日をまたぐような雇用契約は対象外です。過去に遡って適用されるようなことはありません。
勤務地や業務の変更の範囲が加わったのは、働き方の多様化に伴い、勤務地限定正社員、職務限定正社員といった労働条件にも対応できる記載が求められるようになったからです。
厚生労働省のリーフレットでは、それぞれ次のように定義されています。
職務限定正社員の定義を明確にしたのは、ここ数年話題になっているジョブ型雇用を浸透させる狙いもあるのかもしれません。
もう一つは、有期雇用労働者の待遇改善です。18年4月に無期転換ルールが施行されてから5年以上経過していますが、その間に無期雇用転換権を行使して無期雇用契約に転換した有期契約の社員は3割前後という数字にとどまっています。
理由としては、そのルールがあることが労働者に対して十分に周知されておらず、申し込む権利があることを知らないという声もあります。長期的に働けると考えていたのに雇用契約を更新されなかったという雇い止めに関するトラブルもあります。
厚生労働省の「令和4年度個別労働紛争解決制度の施行状況」によると、民事上の個別労働紛争の相談件数、約31万件のうち雇い止めに関する相談は約1万4000件ありました。
正社員として働いている人は労働条件通知書(雇用契約書)を入社時にしかもらうことがないため、今回の法改正で大きく影響を受けることはありません。ただ、転職時には影響があります。
今回の法改正に伴い、企業はハローワークなどへの求人の申し込みや自社Webサイトでの募集、求人広告の掲載を行う際に求人票や募集要項において就業場所や業務内容について変更の範囲を明示することになります。
求職者は、転職活動時にこれらの開示内容を考慮するようにしましょう。また、将来的に就業場所や業務に変更の可能性があるかは留意したほうがよいでしょう(参照:厚生労働省「令和6年4月より、募集時等に明示すべき事項が追加されます」)。
今回の法改正は、「2024年問題」を目前とした建設業界や運輸業界への法改正とは異なり、実業務への影響は小さいように思われます。法改正のインパクトについて気にとめない企業もあるかもしれません。
ただし、有期の契約者社員やパート社員の雇い止めに制限がかかるのは事実です。無期転換制度に対して説明を求められる機会も増えるでしょう。有期契約やパートの労働者が多い企業では、慎重に準備する必要があります。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
Special
PR注目記事ランキング