Amazon、Googleも原則出社……日本のIT企業も続くのか? 経営学的な懸念古田拓也「今更聞けないお金とビジネス」

» 2024年09月20日 07時00分 公開
[古田拓也ITmedia]

 GoogleやAmazonといった米国の巨大IT企業が、続々と「出社義務化」へ回帰している。

 2020年、新型コロナウイルスのパンデミックにより、リモートワークが急速に普及した。多くの企業はこの働き方を一時的な対策として捉え、時がたつと共に出社回帰の潮流が生まれた。

 そうした流れの波及が遅かったのが、特に大手を中心とするIT企業だ。通勤時間の削減、柔軟な働き方、ワークライフバランスの向上など、従業員にもたらされるメリットを評価し、リモートワークを続けてきた。

 しかし今、巨大IT企業が出社義務化を打ち出している。経営学的観点から、どのように見るべきだろうか。

Amazonも出社回帰 日本企業も続くのか?

 GoogleやMetaなどは、コロナ禍が落ち着きを見せた2023年からいち早くオフィス出社に方針を転換した。現在では、両社の従業員は原則として週3日程度のオフィス出社が求められ、人事考課において出社率が加味されることもあるという。

 そして2024年9月にはAmazonが週5日出社の義務化に踏み切ると発表した。CEOのアンディ・ジャシー氏は、対面でのコラボレーションや迅速な意思決定が、特にイノベーションを生む企業文化にとって重要である旨を強調している。

photo (提供:ゲッティイメージズ)

 ここ数年、リモート環境では意思疎通が希薄化し、リアルタイムでのフィードバックが困難になるデメリットが指摘されてきた。生産性の低下リスクに対処することを優先したい意図がうかがえる。この点についてはGoogleなどでも、クリエイティブなプロジェクトや技術開発においては、対面でのやり取りが不可欠だとしており、見解は一致している。

 特に新しい技術やアイデアを生み出す場面では、偶発的な対話や日常的なコミュニケーションが創造性の原動力となる点を見過ごしてはならない。

 リモートワークの大きな利点は、従業員が柔軟に働けることだ。通勤時間が削減され、従業員のワークライフバランスが向上するため、特に家庭の事情を抱える従業員にとっては有益だ。ZoomやSlackといったコミュニケーションツールも進化し、リアルタイムでの会議や情報共有も可能になった。

 しかし、リモートワークには明確な限界がある。最大の課題は、チームの一体感や組織全体の連携が弱まることだ。対面での交流が減ると、チーム内の信頼関係が薄れ、特に新規プロジェクトや創造的な業務では、コミュニケーションの質が低下する。また、情報の断絶が生じやすく、意思決定のスピードが遅れたり、仕事とプライベートの境界が曖昧になったりすることで、長時間労働のリスクも増す。

 生産性やチームの状況の把握が難しくなることも、課題の一つだ。労働時間を管理するツールが導入されても、これらは表面的なデータに過ぎず、リモート環境での従業員の真のパフォーマンスやモチベーションを評価することは難しい。

「トランザクティブメモリー」とリモートワーク

 経営学上の概念として「トランザクティブメモリー」というものがある。これは、チーム内で「誰がどの知識を持っているか」を相互に理解しているという状態だ。これが機能すると、各自の専門知識を生かしつつ、自身に足りない知識を持ち合わせている人材を効果的に利用できる。

 しかし、リモートワークでこれを機能させるのは、ハードルが高い。対面での交流が減ることで、メンバー間の知識共有や協力体制が希薄になり、雑談や日常会話から各従業員の意外な知見や能力に気付けなくなるからだ。

 特に、新しいメンバーが加わったり、複雑なプロジェクトが進行していたりする場合にはトランザクティブメモリーがいっそう正常に機能しなくなり、生産性が低下する。日常的な対話やフィードバックが、トランザクティブメモリーの維持と強化に重要であり、リモート環境ではこれが難しくなるため、企業は対面での交流の再導入が増えていると考えられる。

 ただし、リモート勤務を推奨しており、遠隔地に家を購入したり、移住したりしたメンバーに対して、急に完全出社方針を取るようなことをするのは少々酷という見方もある。

 そうした場合には従業員の交通手当の充実や、出社に伴うメリットを明確にする報奨制度を導入することで、従業員の負担の軽減を図りたい。また、オフィス内での快適な環境づくりや、出社日に特典を設けることで、従業員のモチベーションを高めるという手もある。

「急がば回れ」の精神で

photo (提供:ゲッティイメージズ)

 リモート勤務という、一見効率の良い働き方を追求するあまり、逆に成長やイノベーションのきっかけを阻害してしまうケースが増えそうだ。リモートワークの導入は一時的な成果をもたらしたが、長期的には組織の一体感を損ない、離職率が高まる危険もある。

 GoogleやAmazonが対面での出社に回帰したのも、このような業績の停滞を避けるためであると考えられ、日本企業においても今後続々と原則出社方針に舵きりする事例が増加していくだろう。

 「急がば回れ」の精神で、即時の効率だけでなく、長期的な成長のために、一見非効率に見える対面での交流やチームワークを重視することが重要だ。

筆者プロフィール:古田拓也 カンバンクラウドCEO

1級FP技能士・FP技能士センター正会員。中央大学卒業後、フィンテックベンチャーにて証券会社の設立や事業会社向けサービス構築を手がけたのち、2022年4月に広告枠のマーケットプレイスを展開するカンバンクラウド株式会社を設立。CEOとしてビジネスモデル構築や財務等を手がける。Xはこちら


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